「銀ちゃん最低アル」
「これはさすがにドン引きですよ銀さん」
「いや、お前ら違うんだって」
冷めた目をした神楽ちゃんと新八くんに責められ、銀さんがごにょごにょと言い訳するのを私はただ黙って見つめる。すると銀さんが慌てたようにこちらを向いたので、私は目を逸らし、何も言わずに玄関の方へと歩き出した。
「ちょ、?」
「少し出てきます」
「じゃあ、俺も」
「いえ、あの…一人になりたいので」
玄関まで私を追いかけてきた銀さんにそう告げると、銀さんは驚いた表情を見せた。本当は言いたいことや聞きたいことがたくさんあったけれど、今は何を言っても喧嘩腰になってしまいそうだ。ぴしゃりと万事屋の戸を閉めると、私の口からは盛大なため息が零れ出た。
「はあ~…」
本日何度目か分からないため息。私にこれから訪れるはずだった幸せは全て逃げて行ってしまったのではないだろうか。一人、公園のベンチに座ってぼんやりといろんなことを考える。
銀さんと喧嘩してしまった。喧嘩というより、私が一方的に怒って出てきちゃっただけなんだけど。ふと、万事屋を出る時の銀さんの顔が思い浮かぶ。私が一人になりたいって言ったら、ショック受けてたな…。そのことを考えると胸が痛んだけれど、それでもやはり今回のことは笑ってなかったことにすることができなかった。
「私って、そんなに信用ないのかな…」
俯いてぽつんと呟く。今日は天気が良いせいか、公園は親子連れや若い子たちで賑わっていて、余計に孤独感が募っていく。私には他に行くところも帰るところもないのだから、夕方までには気持ちを落ち着けたい。
「ん?ちゃんじゃないか?」
急に名前を呼ばれ、驚いて顔を上げる。逆光で一瞬誰だか分からず、「今日は一人かい?」と問いかける声でようやく私はハッとした。
「近藤さん!」
「久しぶりだな!」
ちょうど車で移動中に公園のトイレに立ち寄ったという近藤さんは、私の様子を見て隣に腰かけた。
「今日は随分と元気がなさそうに見えるが…」
「あ…ちょっといろいろありまして…」
「俺で良かったら話を聞こう!一般市民の悩みを解決するのも俺の役目だからな!」
腕を組んで満面の笑みを向ける近藤さん。その姿にさすがに断りづらくなった私は、少し考えてアドバイスを求めてみることにした。
「近藤さんは…もし恋人と喧嘩したらどうしますか?しょうもないことが理由で」
「何?お妙さんと?」
「いえあの、もし近藤さんに恋人がいたとして、」
「そうだなァ、もしお妙さんと喧嘩したら…」
どうやら近藤さんの中では、『恋人=お妙ちゃん』となっているようだ。訂正を繰り返すと話が進まないと判断した私は、顎に手を当てて悩んでいる近藤さんの言葉を待った。
「謝るさ、何度でも」
「それは…自分が悪くないとしてでもですか?」
「自分が悪くないとしてでもだな!」
ニカッと笑う近藤さんが眩しくて、私は目を伏せる。
「まあ喧嘩の話は別として、良好な人間関係を築くための基本は『思いやり』と『話し合い』だと俺は思っている!」
「思いやりと話し合い…」
「人に心から頭を下げるということは簡単にできることじゃないさ、誰しも曲げられない部分ってのがあるからな…でも俺は、好き同士ならお互いを思いやり、とことん話し合うことで歩み寄ることはできると思うんだ」
近藤さんはすくっと立ち上がると、どこか得意気に「こんな俺だから、お妙さんとは喧嘩なんて一度もしたことないぞ!」と親指を立てた。
思いやりと話し合い。歩み寄る。ふと、万事屋を出てくる前の銀さんの姿を思い出した。そういえば銀さんが何か説明しようとしていたのに、それをちゃんと聞かずに出てきてしまったな。
公園の時計台に目をやると、午後六時になろうとしていた。今朝、神楽ちゃんに「今日の夜は久しぶりにのオムライスが食べたいアル!」と言われたことを思い出し、立ち上がる。
「近藤さんありがとうございます、話を聞いていただいてちょっとすっきりしました」
「そうか!まあ相手があの万事屋だから、いろいろと大変だろう」
「あはは…」
「前にも言ったが、ちゃんにはうちのトシや総悟のような男が…おっ、噂をすればだな」
そう言って近藤さんが私の背後に視線を向けたので、私も振り返る。すると、煙草を吸いながら不機嫌そうにこちらへ歩いてくる土方さんの姿が見えた。
「オイ近藤さん、いつまで待たせて…お前、万事屋の」
「こんにちは」
「すまんなトシ!何もサボっていたわけじゃなく、一般市民でお妙さんのご友人であるちゃんの相談に乗っていたんだ!」
「一般市民って言いながらお妙さんのご友人贔屓してんじゃねェか…ったく、お前も近藤さんに迷惑かけてんじゃねェ」
「すみません…」
「そして俺とお妙さんの関係を例にあげて、男女間の良好な関係の築き方についてアドバイスしていたところだ!」
「…悪かったなァ、近藤さんが迷惑かけたみたいで」
「いえそんな…」
呆れ果てた様子の土方さんに謝罪されたけれど、さすがに真選組トップの方の時間をもらってしまったのは悪かったかもしれない。土方さんは白い煙を吐き出し、煙草を私に向けた。
「暗くなる前にさっさと帰れ」
「ちょっとトシ!そんな怖い言い方しない!めっ!」
「最近目立った事件がないとはいえ、治安が良い街でもねェからな」
「そうします、近藤さん、本当にありがとうございました」
車に乗り込みながら、家まで送ろうかと聞いてくる近藤さんに首を振り、車が走り去るのを見送る。帰りにスーパーへ寄って卵を買ったあと、私は万事屋へと向かった。
急に出ていっちゃったから、どんな顔して帰れば良いんだろう。銀さんのことだから、普通に何事もなかったかのように「おかえり」って言われるかな。そんなことを考えながら歩いていたら、後ろから足音が聞こえたので何気なく振り返る。しかし、そこには誰の姿もなかった。
「最近目立った事件がないとはいえ、治安が良い街じゃねェからな」
先程言われた土方さんの言葉が頭をよぎり、ごくりと唾を飲み込む。は、早く帰ろう…。少々急ぎ足で万事屋への近道でもある下り階段に差し掛かかった時、気持ちが焦りすぎて躓き前に転びそうになった私は声を上げた。
「卵…!」
「!」
卵の心配をする私の声と、誰かが私を呼ぶ声が重なる。そして背後から伸びてきた手が私の腹部をがっしりと支えたことにより、私も卵も事なきを得た。ほっとしたのも束の間、慌てて首だけを動かし後ろを振り返る。そこには、私以上に焦った表情を見せる銀さんの姿があった。
「ぎ、銀さん…」
「おま、バカ!」
「え!?」
「高いところから落ちないよう気をつけろってあれほど…!」
「あ…ごめんなさい」
素直に謝ると、銀さんはため息をつきながら腕の力を強め、私を背後から抱きしめたまま首元に顔を埋めた。少しだけ気まずさを感じつつ、私は銀さんの両腕に触れた。
「…よく私がここを通るって分かりましたね」
「…お前、アレ持ったまま出ていったろ」
『アレ』と言われて小首を傾げたが、すぐに何のことか気付いた私は胸元から黒くて四角い小型の機械を取り出した。今日、私と銀さんが喧嘩するきっかけとなったものだ。
「ずっと公園にいたみたいだから気にしてなかったけどよ、暗くなってきたし迎えに行こうと思ってな」
「…本当に正確な居場所が分かっちゃうんですね」
手の中に収まるほど小さくて軽い機械を、指で摘んで持ちながらまじまじと眺める。一般的にGPS発信機と呼ばれるこの機械には、ご丁寧にストラップを通す穴までついていた。
私を離した銀さんがそのGPSを手に取ったかと思ったら、いとも簡単に片手でくしゃりと潰したので私は驚いて声を上げる。
「銀さん!」
「言っておくが、これは源外のじいさんの手伝いした時に試作品っつって貰ったんだよ」
「あ、そうなんですか…」
「…別に、のことを信用してなくて用意したとかじゃねェから」
パラパラと地面にGPSの残骸を落としながら「結果的に役に立ったけどな」と笑う銀さんに、私は頷いて微笑み返した。
「てっきり銀さんが私のことを信用していない上に、今月神楽ちゃんと新八くんに払うお給料や家賃も厳しいのにこんな無駄な高い買い物をしたのかと…」
最初からちゃんと理由を聞いていれば、お互いこんな不安な思いをしなくて済んだのに。そう考えて落ち込んでいたら、銀さんが私の頭を優しく撫でた。
「…ま、危なっかしいところはあるけどな、もの周りにいるヤツらも」
「銀さん」
「でもちゃんと、のことは一番に信じてるから」
急に、そんなときめくような言葉をかけないでほしい。私が喋り出す前に今度は正面から抱き締められ、頭の上から「不安にさせてごめん」という言葉がおりてきた。
「私こそ、話を聞かずに勝手に出て行ってごめんなさい」
「いーよ、新八と神楽にはボコボコに殴られたけど」
「…大好きです、銀時さん」
久しぶりに彼の名前をきちんと呼んだ気がする。銀さんの胸に顔を押しつけて背中に手を回した瞬間、私を抱き締める腕の力がより一層強まったのを感じた。
「…、ちゅーしていい?」
「外なのでダメです」
「暗いからいいじゃん、誰もいねーし」
「…寝る前なら良いですよ」
「…あー、ったく」
銀さんは私の頭のてっぺんに唇を落としたあと、私の手から卵の入った袋を取って階段を下り始めた。数段下りたところで銀さんは振り返り私を見上げ、にやりと笑った。
「神楽が空腹で家を破壊し始める前に帰るか」
「ふふ、そうですね」
「…ところで今日、公園で何してたわけ?」
「近藤さんから恋愛のアドバイスをいただいてました」
「お前それ、一番アドバイス求めちゃいけない相手じゃねーか」
「…そうでもないですよ?」
そう言って笑うと、銀さんは疑いの眼差しを私に向けた。近藤さんが言っていた『思いやり』と『話し合い』、そして『歩み寄る』。この三つの言葉を常に意識して暮らしていきたい。
「何笑ってんだよ」
「なんでもないです」
今度、近藤さんにお礼しないと。ちゃんと仲直りできましたって言ったら、喜んでくれるかな。そう考えながら、銀さんと二人で万事屋までの道のりを歩いた。
(2022.03.27)