「山崎、お前に大事な話がある」


神妙な面持ちでそう告げた原田に連れられて入った部屋には、各隊長、そして一般隊士達三十名ほどがずらりと並んでいて、思わず息を飲んだ。わけも分からず部屋を見渡してみるが、張り詰めた空気や皆の表情から、これはただことではないと感じる。「実は…」と原田が切り出し、喉がごくりと鳴った。



「沖田隊長に彼女ができたァァァ!?」


静かな部屋に、俺の絶叫だけが響き渡る。数秒後、「アホくさ…」と呟き立ち上がった俺の袖を、原田がすごい力で掴んだ。


「待て山崎!最後まで話を」
「いや、そんな根も葉もない噂話に付き合ってる暇ないから!沖田隊長に彼女?ないないないない、確かに顔は良いかもしれないけど性格に問題しかないあの沖田隊長だよ!?」
「それが根も葉もない噂話じゃないんだ!」


原田の説得に根負けして仕方なく話を聞いてみると、どうやら沖田隊長の彼女というのは以前、沖田隊長がいつも通り爆破した団子屋の看板娘らしい。なんでも相当入れ込んでいるようで、以前から仕事の合間を縫って…というより仕事中に会いに行ったりしていたようだ。隊士の中には、沖田隊長が仕事中に女性向けの雑貨屋で買い物しているところを目撃したという者もいる。一通り話を聞いて、俺は頭を抱えた。


「っていうか別に良いじゃん、沖田隊長も一応年頃なんだし?まあ全部仕事中ってのは問題だけどさあ」
「考えてみろ?もし沖田隊長が結婚することになったら…」
「話が飛躍しすぎでしょ!ま、まあ男は結婚したら丸くなるって言うし、沖田隊長も真面目に仕事するようになるんじゃ…」
「いや、その逆も有り得る!」


原田が畳をバシン!と勢いよく叩く。何なのこの状況。同じ職場で働く者同士とは言え、普通に考えて歳下の男の子のプライベートにこんな大勢のおっさんが寄ってたかって口出しする?


「相手の女性の性格によっては、より務めを怠るようになったり…またはドSっぷりに拍車がかかってクレイジーさが増すかもしれん」
「そんな大袈裟な」
「そこでだ、山崎…ちょっと相手の女性を探ってきてくれ」
「…はあぁあ!?」


そこまでする!?ドン引きして後ろに仰け反った瞬間、今まで大人しかった隊士達がここぞとばかりに立ち上がって騒ぎ始めた。


「頼む、山崎さん!アンタにしか頼めないんだ!」
「俺たちの平和な真選組ライフのためにも詳しく調べてきてくれ!」
「どうせ休みも地味に一人でミントンやるしか予定ねーんだろ、友達いないんだし」
「山崎さんならきっとやってくれるって信じてます!」
「誰だよ今シンプルに俺の悪口言ったやつ!」


最近、張り込み続きだったということもあって目眩がしてきた。今日は確かに非番だが、自室には未処理の報告書が山積みになっている。提出期限は本日、そして副長は局長・沖田隊長と三人で幕府のお偉いさんの護衛にあたっているため終日不在だ。静かなうちに、何としてでも報告書を片付けたい。ため息をつく俺の肩を、原田がぽんっと叩いた。


「頼む山崎、お前こういう時のための監察だろ?」


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「ちっがァァァう!!!」
「えっ!?」


何だよ「こういう時のための監察だろ?」って!ちげーよ!そりゃあ監察だから隊士達のことも多少調べたりはするけど、メインは攘夷浪士達の動向監視だから!なんでよりにもよって非番にこんなことを…。


「あ、あの」
「えっ」
「違いましたか…?」
「…あ!違わないです、すみません!」


慌てて謝罪すると、目の前の彼女はほっとしたように笑って、団子を箱に詰め始めた。この人が、沖田隊長の…。怒りを堪え腹を括り、ばれないようにじっくりと観察する。

さん。正直、とびきり美人というわけではない。でも老舗団子屋の看板娘にしては、若くて可愛らしい人だと思う。所作も綺麗だし、赤い花がついた簪がとてもよく似合っている。どこか雰囲気が特殊に感じるのは、『沖田隊長の彼女』という肩書きを意識してしまうからだろうか。

団子を受け取りお金を払うと、彼女はレジの中を見て少し困ったような顔をした。


「すみません、お釣りが切れちゃって…少々お待ちいただけますか?」
「あ、はい」


彼女はもう一度すみません、と頭を下げ、奥へと消えていった。想像に反してさんがとても普通の子なので、少し拍子抜けしている。これ以上探るって言ってもなあ…。というか担ぎあげられて来ちゃったけど、相手は一般人なんだから別に俺じゃなくても良くない?

先程から、報告書の山が何度も頭をよぎる。別の非番の日に来ても良かったが、仮にこの状況を沖田隊長に見られでもしたらどんな目に合うか分からない。幸い、今日なら沖田隊長も局長たちとお偉いさんの──


「あ~ら沖田さん!よく来たわねえ~」


護衛はァァァ!!??

遠くから沖田隊長らしき人物の姿が見えて、いやいやまさかないないと思いつつも念のため身を隠したのは正解だったようだ。ってかあの人なんでここにいんの!?

団子屋から一番近い電柱の影に隠れ、息を潜めて様子を伺う。あ、でも沖田隊長がさんにどんな感じで接するのか確認できるし、ある意味チャンスかも…?そう期待していたら、さんが店先に出てきた。おそらく、釣り銭を受け取らずに消えた俺を探しているのだろう。

沖田隊長はそのまま団子を注文し、長椅子に座ってもぐもぐしている。あの人のああいう自由なところ、ちょっと羨ましいんだよな…。そう考えていたら、さんが沖田隊長の隣に座った。集中して二人の会話に耳をすませるが、なかなか聞き取り辛い。しばらくすると沖田隊長が立ち上がったので、体がびくりと跳ねた。


「嫁にしてやるって言ったの、覚えてないんですかィ」


…しっかり聞こえてしまった。よめ…嫁!?嫁って、奥さんってこと!?沖田隊長に彼女ができたってこと自体今日知ったっていうのに、もう既にプロポーズまで済ませてたの!?一瞬だけ、結婚後のことを心配していた原田の顔が頭に浮かんだ。

で、でもまあ、さんみたいな人が沖田隊長のお嫁さんなら?多分、沖田隊長も悪い方には進まないと思うし?他の隊士だってきっと納得して──


「そういうのは、本当に好きな子に言わないとだめだよ!」


えっ?

店先では、沖田隊長がさんのおでこを優しくつついたり、彼女に何やらプレゼントのようなものを渡している。そういや女性向けの雑貨屋で買い物してたんだっけ。少し離れたここからでも分かるくらい、沖田隊長の表情は穏やかなものだった。

沖田隊長は俺のおでこを優しくつついたりしないし、プレゼントもくれないし、俺の目の前であんな顔をすることもない。初めて見る沖田隊長の姿、いつもの俺ならラッキーと思うはずなのに、先程のさんの言葉がぐるぐると頭の中を回り続けている。

そういうのは、本当に好きな子に言わないとだめだよ…?

…あの二人、付き合ってなくない?あの感じだと、沖田隊長の片想いじゃない?

そう気付いた時にはもう沖田隊長の姿はなく、ぼうっと電柱のそばに立ち尽くす俺に気付いたさんが「あっ」と声を上げた。


「戻ってきてくださったんですね!」
「あ、え?」


彼女は嬉しそうにこちらに駆けてきて、戸惑っている俺の手にお釣りを乗せる。そしてにっこりと微笑んだ。


「またぜひいらしてくださいね」


彼女はぺこりとお辞儀をして、店に戻って行った。仕事柄、俺はとにかく人に気付かれないよう日々過ごしている。それなのに、たった一度顔を合わせただけの俺に気付いてくれるだなんて…。俺はおつりをぎゅっと握りしめて決意した。

──応援しよう、沖田隊長を。

さんは多分、いや絶対いい子だ。沖田隊長と付き合って結婚してくれたら、沖田隊長はもちろん真選組にとってもプラスになるに違いない。何よりあんないい子が上司の奥さんだったら、俺のテンションも上が──


「銀さん!」
お疲れ、もう終わりだろ?一緒に帰るぞ」


えっ?

急に現れた万事屋の旦那に、目が点になる。知り合い?常連?あれ、でも今一緒に帰るって…。

もう仕事は終わりなのか、エプロンを脱いださんが店を出る。その隣を旦那が歩いていて、こっそり尾行したら気付かれてめちゃくちゃ睨まれた。怖…。

こっそり建物の影から顔を出し、二人の様子を伺う。いつの間にか手を繋いでいて驚いたけど、一番びっくりしたのはちらりと見えたさんの横顔だった。

あんな顔、沖田隊長にも俺にも、団子屋を訪れる客にも見せてない。

そういうことか…。なぜか俺が失恋した気持ちになっていたら、懐に入れていた携帯が震えた。開くと「土方副長」の文字。仲良く歩く二人の後ろ姿を見送りながら応答を押して耳に当てると、不機嫌丸出しな声が聞こえてきた。


「山崎ィ…お前、総悟のヤツどこにいるか知らねェか」
「副長…俺決めたんです、これから沖田隊長には優しくしようって…」
「…は?お前何言ってんの?」
「沖田隊長だって…沖田隊長だって!普通の男の子なんですよ!!」
「はァ!?オイっ」


ピッと通話を切り、俺は夕焼け空を仰いだ。

こんな名言がある。何もかも失ったと思える瞬間でさえ、あなたの未来は残っている──。人は恋をして傷付き、不幸になったりもする。それでもやはり、恋をしてしまうのだ。これから先、さんが旦那に見せるような笑顔を、沖田隊長に向けてくれる人が現れてくれたらいいな。そう僕は思いました。(山崎)


(2022.3.17)