久しぶりに身に着けた白いエプロンはしっかりと糊がきいていて、思わず頬が緩んでしまう。そんなわたしの後ろ姿に、奥さんが元気よく声をかけた。


ちゃん、お店開けるよ!」
「はい!」


そう。今日はついに、待ちに待ったお団子屋さんのリニューアルオープンの日。お店の再建について、土方さんは「夫婦揃って注文がうるさい」と愚痴を零していたけれど、建て直されたお店は以前とほぼ同じ造りになっていて、少しだけ安心した。

久しぶりの営業は常連のお客さんはもちろん、ここにお団子屋さんがあったことを知らない新規のお客さんも多く来てくれて、大盛況となった。久しぶりの仕事で、勘を取り戻すまで時間がかかったけれど…それ以上に楽しい。今日は記念に、万事屋のみんなにお団子買って帰ろうかな。そう考えると喜ぶ三人の顔が浮かんで、わたしはこっそりと笑った。

持ち帰りで詰め合わせの注文が入り、お団子を詰めてお会計をする。しかし、レジのお釣りが切れていることに気付き、お客さんに一言断りを入れて二階の金庫へ行って戻ってきた時だった。


「あ~ら沖田さん!よく来たわねえ~」
「おいおい、せっかく来てやったってのに何塩まいてるんでィ」
「誰のせいで散々な目にあったと思ってるんだい!まったく…毎日団子百本くらい買ってもらわないとねえ」
「仕方ねえなァ、請求書は真選組の土方十四郎宛でよろしく」


店先からそんな会話が聞こえてきて、視線を向ける。そこには隊服姿の総悟くんと、その総悟くんに向かって塩をまいている奥さんの姿があった。


「あれ?」


お釣りを待たせていたお客さんの姿が見当たらず、店内を見回す。しかしどこにも姿はなく、店先に出たところで奥さんと話していた総悟くんがわたしの頭を軽く叩いた。


「おい、無視とは良い度胸でさァ」
「別に無視した訳じゃないよ、今日はお仕事?」
「休み」
「…嘘だよね?」
「ひっでェや、いたいけな公務員を疑うだなんて」
「いたいけな公務員はお店を爆破したりしません~」


そう言うと総悟くんは唇を尖らせて、「みたらしと三色団子、二本ずつ」と呟き、店先の長椅子に腰掛けた。そういえば総悟くん、お店に来た時は必ずみたらしと三色団子を食べてたな。久しぶりに聞いた注文に懐かしいような、そして嬉しいような気持ちでいっぱいになり、思わず笑みが零れる。

ちょうどピークも過ぎたようで、お客さんは総悟くんだけとなった。奥さんにお釣りを受け取らずに帰られたお客さんの話をした後、休憩をもらって総悟くんの隣に座る。多分…というか絶対、総悟くんは仕事中なんだと思う。こんなところを土方さんに見られたら、きっと物凄く怒られるだろう。それなのに、わざわざ来てくれたってことは…。


「総悟くん、ありがとう」


わたしの言葉に、総悟くんはお団子を咀嚼しながら首を傾げた。


「仕事中なのに、お店のこと気にしてわざわざ来てくれたんでしょ?奥さんもああ言ってるけど、内心では喜んでると思うよ」


もう一度「ありがとう」と告げる。総悟くんは一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、すぐに呆れ顔になり盛大なため息をついた。


「え?どうしてため息?」
「いや…、次はいつ家出するんですかィ?」
「家出…あっ」


わたしが元の世界に戻っている間、周囲では家出をしているということになっていた。総悟くんはお団子を食べ終えてお茶を啜りながら、わたしの返答を待っている。

正直、全く不安がない訳ではなかった。これから先、何かが引き金となってまた元の世界に戻るのでは、という不安。最初にこっちの世界に来た時、そして戻った時の共通点は『高いところから落ちた』ということ。でも、再びこっちの世界に戻ってきた時は、特に高いところから落ちた訳じゃなかったし…法則と呼ぶには少し心許ない。

わたしが何も言わないので、総悟くんは立ち上がって背伸びをした後、まっすぐ前を見たままこう言った。


「今度家出したときは嫁にしてやるって言ったの、覚えてないんですかィ」


…そういえば、そんなこと言われた気がする。しばらく考えてわたしも立ち上がり、総悟くんの背中を両手でぽんっと叩いた。そんなに強く叩いていないのに、総悟くんは「いてっ」と呟く。


「そういうのは、本当に好きな子に言わないとだめだよ!」


総悟くんは美男子でしかも公務員だから、さぞかしモテるんだろうなあ。性格は…まあ、ちょっと子どもっぽいところもあるけど。振り返った総悟くんはもう一度大きなため息をつくと、スっと右手をあげてわたしのおでこに一発デコピンを食らわせた。


「痛っ」
「…鈍感も、ここまでくればある意味すげぇや」


その言葉の意味を聞く前に、総悟くんがわたしの目の前に小さな紙袋を差し出した。


「ん?なに?」
「やる」
「え?」
「や、る」


押し付けられるようにして受け取ったその袋を開けてみると、中には小さな手鏡が入っていた。ぱかっと開くタイプのもので、表には薄桃色で麻の葉模様の布地が貼られており、とても上品なものだ。実際に鏡を開いてみると、うまく状況を理解できてない自分の方が映っていた。


「可愛い…でも何で?わたし、誕生日でもないよ?」
「別に…お前一応看板娘なんだから、ちゃんと身だしなみに気をつけろって意味でィ」


たまーに阿呆丸出しの顔してるしな、と総悟くんはニヤリと笑った。阿呆丸出し…!その言葉に少しショックを受けつつもお礼を言うと、総悟くんはふいっとそっぽを向いてしまった。少しだけ耳が赤くなっていて、可愛いなあと思う。口に出したら絶対怒るから言わないけれど。

総悟くんがお店を後にし、夕方ということもあって仕事終わりのお客さんが増える時間帯となる。無事にお釣りを受け取らずに帰られたお客さんも戻ってきてくれたので安心していたら、わたしの仕事終わりに銀さんがやってきた。よ、と片手をあげる銀さんに、わたしも片手をあげる。


「銀さん!」
お疲れ、もう終わりだろ?一緒に帰るぞ」


結局、帰りに買おうと思っていたお団子は、余るからという理由で奥さんが包んで持たせてくれた。帰り道、銀さんと二人で並んで歩きながら、今日の依頼の話や、昼間に神楽ちゃんが定春くんと戯れて襖を破ったという話を聞く。「も、今日は忙しかったんじゃねえの」と銀さんに言われて、ふと総悟くんのことを思い出した。銀さんは総悟くんと仲悪いみたいだし、あまり良い顔はしないと思うけど…さすがに内緒にしとくのも気が引けるし…。そう思い、今日総悟くんからもらった手鏡を取り出した。


「ん?何コレ」
「今日、総悟くんが来てくれて…くれたんです、看板娘だから身だしなみに気をつけろって」
「…はあぁああ?」


驚きと呆れ、そんな声をあげた銀さんがわたしの手から手鏡をひょいっと奪い、まじまじと見つめる。そしてそのまま「割っていい?」と聞くもんだから、驚いたわたしは首をぶんぶんと横に振った。


「冗談だよ…ったく、あのませガキは油断も隙もありゃしねー」


銀さんはそう言うと、何かに気付いたようにぴたりと立ち止まり、後ろを振り返る。不思議に思いわたしも振り返るが、そこにあったのはいつもの賑やかなかぶき町の風景だった。


「銀さん?」
「…何でもねェ」


銀さんはため息をつくと、わたしに手鏡を返し、そのままわたしの頭をぽんぽんと優しく撫でた。


、お前は本当妙なのに引っかかるな」
「…わたし、何かに引っかかってます?」
「ま、今に始まったことじゃねェけどよ」


銀さんはそのまま流れるようにわたしの手をとって歩き出した。触れるだけで安心する、大きな手。その手が温かくて、今日一日の疲れが全部吹き飛んでいくような気がした。


「晩ご飯のあとに、みんなでお団子食べましょうね」
「その前に襖の修理だな」


どうか、この愛しい日常がいつまでも続きますように。銀さんと繋いだ手を大きく振りながら、心からそう願った。



(2022.3.8)