カランカランという小気味良い音に、目の前に立つさんの肩が一瞬だけびくりと跳ねる。しかし、当たり鐘を鳴らす女性の「おめでとうございます、特賞です!」という言葉を聞いてくるりと振り向いたさんは、目をキラキラ輝かせて僕の手を握った。
「やったよ新八くん!特賞だって!」
「さん、すごいです!」
いつもの買い出し帰り、大して期待もせずに立ち寄った商店街の福引き。実際、三枚あった福引券のうち僕が使った二枚はただのボックスティッシュへと変わってしまった。しかし、まさか最後の一枚で特賞が当たるなんて、さんは引きが強いのかもしれない。
そういえば、特賞って何だっけ?商店街で使える商品券だったかな?
「特賞、温泉旅行ペア宿泊券です!おめでとうございま~す!」
商店街の喧騒に包まれる中、僕とさんの動きがピタリと止まった。
いつもは主の影響でだらだらとした雰囲気の万事屋も、今日はどこかピリッとした空気が流れている。ソファーに座る僕たちが囲んでいるのは、さんが福引きで当てた温泉旅行ペア宿泊券。先に言っておくが、宿泊券には何の罪もない。問題は『ペア』であることだ。
ごほん、と咳払いをした銀さんが、その宿泊券を手に取り立ち上がった。
「んじゃ、俺とが留守の間、お前らしっかりやれよ」
銀さんの手によって宿泊券がひらひらと揺れる。その瞬間、隣に座っていた神楽ちゃんが「ふざけんなコノヤロー!!」と叫び、テーブルの上にダンッ!と足を乗せた。ほらね、もうこうなると思ってたから。福引きのお姉さんが笑顔で「温泉旅行ペア宿泊券です」って言った時点で分かってたから!何なら「温泉旅行ペ」あたりでもう想定できてたから!!
「なんで銀ちゃんがと一緒に行く前提で話してるアルか?私だってと温泉旅行行きたいアル!」
「だめだめ、ガキにはまだ早いっつーの。そこら辺のスーパー銭湯でも入ってろ」
「こんの腐れ天パァァァ!お前なんてどこの温泉入ったってクルクルパーのままネ!直毛への夢を捨てきれてない無様な姿晒して恥ずかしくないアルか!?」
「神楽テメー!つーか俺髪の話なんて全くしてないんですけど!?」
ぎゃあぎゃあと取っ組み合いの喧嘩を始めた二人の姿に、僕とさんのため息が重なる。こうなることが分かっていたからと言って、何か解決策を用意できていた訳ではない。でもここはひとつ、万事屋のまとめ役である僕が何とかしなければ!
「ちょっと二人とも、いい加減にしてくださいよ!」
「うるさいアル、眼鏡はさっさと故郷に帰りな」
「そうだそうだ、フレームにレンズはめるとこからやり直してこい」
こいつら人のことを眼鏡扱いしやがって…!眼鏡の故郷ってどこだよ!我慢できず僕が立ち上がった瞬間、さんがパチン!と手を叩いた。唯一座ったままのさんに、みんなの視線が集まる。
「とりあえず、落ち着きましょ。わたし、喧嘩するような人たちと温泉行きたくないなあ」
これこそまさに『鶴の一声』である。悲しいことに、いつの間にか万事屋のまとめ役は僕ではなくなっていたようだ。
さんの言葉をきっかけに、喧嘩していた二人がしぶしぶソファーに腰掛ける。しばらく沈黙が流れたが、銀さんが「よし」と言って膝を叩いた。
「こうなったら公平にじゃんけんで決めようじゃねーか、勝ったやつ二人が温泉旅行だ」
「のぞむところアル!」
銀さんも神楽ちゃんも、今から瓦割りでもするの?って勢いで自分の拳に力強く息を吐いている。と言うかアンタら、さんと温泉行きたいだけなのにじゃんけんで決めちゃっていいの?
「恨みっこなしだね」と笑うさんは手をぎゅっと握り締めていて、つられて僕も胸の前で拳を作る。すると銀さんに「何?新八も参加すんの?」と言われた。
「逆に僕だけ参加しないとかおかしいでしょーが」
「っしゃァ、いくぞ!じゃーんけーん…」
「無視!?」
「ぽん!」
【じゃんけん 一回目結果】
銀時:グー
:パー
神楽:グー
新八:パー
「よーしお前ら準備運動できたな、次からが本番だ」
「もちろんヨ、次からは本気出すネ」
ず、ずる~!こいつらずる~~~!僕が異議を唱える前に、銀さんから次の掛け声が発せられる。
「じゃんけんぽん!」
【じゃんけん 本番一回目結果】
銀時:チョキ
:グー
神楽:チョキ
新八:グー
「これアレだっけ?三回勝負だったっけ?」
「当たり前ヨ銀ちゃん、大事なことを決める時のじゃんけんは三回勝負ってのが古からのしきたりアル」
三回勝負なんて今初めて聞いたし古からのしきたりにそんなくだらないもんはない。こめかみがピクピクと動くのを感じていたらさんがおずおずと手を挙げて、「わたしはお留守番で良いから、三人で決めたらどうかな…?」とか言い出した。違うんですよさん、あの二人にとってこれは誰が温泉に行くかではなくて、誰が貴方と温泉に行くかの勝負なんですよ!
しかし、次の勝負に気合いを入れ始めている銀さんと神楽ちゃんにさんの言葉は届かず。二人とも、もうじゃんけんって言うか…かめはめ波でも出すつもりなのかな?
「いくぞコラァ!!じゃんけん…ぽんっ!!」
【じゃんけん 本番二回目結果】
銀時:パー
:チョキ
神楽:パー
新八:チョキ
…いや、これはもうさすがに笑うしかない。静まり返った空気の中我慢できずに噴き出したら、神楽ちゃんから「笑ってんじゃねーヨ」とビンタされた。なんだよ!!
「つーかよォ、仮にも同じ組織に所属してる人間同士が話し合いで物事決められずにどうすんだよ、誰だよじゃんけんで決めようって言い出したヤツ」
「そもそもアンタらが冷静に話し合えないからこうなったんでしょーが!そしてじゃんけんで決めようって言い出したヤツはお前だよ!」
「新八ィ~急にキレだしてどうしたアルか、これだからアイドルオタクって嫌いなのよね」
「アイドルオタク関係ねーだろ!」
三人で言い争っていたら、いつ席を離れたのか、さんがみんなの分のお茶(銀さんのはいちご牛乳)を注いで持ってきてくれた。本当、子どもみたいな銀さんには勿体ないくらいできた人だとつくづく思う。「一旦休戦しましょう」というさんの一言で、再び四人全員がソファーへ座る。
「もうこうなったらアレだ、が人選しろ」
「えっ、わたし?」
「そうですね、そもそも福引き当てたのさんですし…その方がみんな納得すると思います」
そうだよ、最初からこうしておけば良かったんだ。さんは驚いて困ったような顔をしたけれど、すぐ顎に手を当てて考え始めた。一気にお茶を飲み干した神楽ちゃんが、さんの腕にしがみつく。
「~、は私と行ってくれるって信じてるアル~」
「神楽やめろ、は俺と行くに決まってんだろ」
「何だと?やんのかコラ?」
「上等だコラ」
「もう…銀さんも神楽ちゃんも、今さんが考えてくれてるんですから」
「よし、決めた!」
さんはそう言うと、宿泊券を持って立ち上がった。
「温泉旅行に行くのは…」
銀さんと神楽ちゃん、そして僕の喉がごくりと鳴った。
そして、数日後──。
あの日、宿泊券が置かれていたテーブルに今は温泉饅頭の箱が置かれている。僕の目の前に座る銀さんはその中から一つとって、ぱくりと一口で平らげた。
「ったくよォ、のお人好しには困ったもんだぜ」
結局、温泉旅行ペア宿泊券はさんが働いていたお団子屋さんの夫婦の手に渡った。さんの話によると、夫婦はずっとお店一筋で旅行は長いことしていなかったらしい。真選組(※沖田さん)による爆撃で破壊されたお店が改修工事中である今こそチャンスだということで、さんが気を利かせたのだ。
僕も饅頭を一つもらって食べる。甘くて美味しい。
「まあまあ良いじゃないですか、さんが決めたことですし…あ、そうだ、これさんからです」
そう言って僕がビニール袋の中から取り出したのは、『名湯めぐり』と書かれた入浴剤セット。「今は無理だけど、いつか万事屋みんなで温泉旅行に行こうね」と言って、さんがドラッグストアで買ってきてくれたものだ。各地の有名温泉の雰囲気を楽しめるらしい入浴剤を見て、銀さんは優しく笑った。
「…ま、が喜ぶのが一番だからな」
さんと神楽ちゃんは、定春に寄りかかりながら温泉饅頭を食べて楽しそうにはしゃいでいる。その様子を眺める銀さんの顔つきが優しくて、お茶を啜りながらこっそり微笑んだ。
あの日、さんのことを「子どもみたいな銀さんには勿体ない人」だと思ったけど、銀さんはさんが万事屋に…いや、この世界にやってきた時から、ずっと彼女の幸せを願い続けている。そこは、数少ない銀さんの尊敬できる部分だ。
まあ、なんだかんだ言ってお似合いの二人なんだろうな。
「新八」
「何ですか?」
「今日、神楽お前ん家に泊まらせてくんない?俺とはこの入浴剤使って混浴を楽しむから」
「最低だなアンタ」
(2022.2.27)