気がつけば、わたしは万事屋の玄関にぽつりと立っていた。

ー!おかえりアル!」
「神楽ちゃん」
さんどうしたんですか、そんなところに立って」
「新八くん」

ほらほら!と神楽ちゃんに手を引っ張られ、動揺しながらも室内に入っていく。部屋には、銀さんが机に足を乗せて座り、いつものようにジャンプを読んでいる姿があった。

「よお、おかえり」
「銀さん…」

ジャンプから目をあげて銀さんは笑った。

お前、ふらふらしてねーでさっさと帰って来い」

目を覚ました。真っ先に目に入ったのは暗い天井に、カーテンの隙間から差し込む駅のホームの光だった。駅に近いわたしの家からは、ホームがよく見える。

夢か。首筋にうっすら汗をかいていた。起き上がって冷蔵庫からお茶を取り出して飲み、ふうと一息つく。ガタンガタンと、電車の音が聞こえる。静かになると、耳元でもう一度あの懐かしい声が聞こえた。

「帰って来い」

やっぱり、わたしの帰る場所は。

勢いに駆られて何も持たずに家を飛び出したわたしは、無我夢中で走った。昼間ならまとわりつくような熱気も、夜は大人しい。運動不足のせいですぐに息が切れてしまう。先ほど飲んだお茶が胃の中で揺れるのが分かった。それでも走るのをやめることは出来ない。

向かった先は、銀さんと出会うきっかけとなったあの桜の木。健康そうに緑の葉が青々と生い茂る木の幹に、わたしは手をついて息を整える。ぽたっと地面に落ちたのは、汗ではなくわたしの涙だった。

「お願い、銀さんのところに返して、」

ぽろぽろと涙が溢れてくる。馬鹿なことをしていることは分かってる。でもわたしに縋るものはもうこの木しかない。風はないが、葉と葉の触れ合う音が聞こえてくる。木を見上げて、もう一度ゆっくり言い聞かせるように話しかけた。

「わたしを向こうに連れて行って」

どれくらいそうしていただろうか。何も、起こらない…。鼻をすすってため息をついた次の瞬間、ひゅうっと刺すように冷たい空気が虚しさでいっぱいの胸に入り込んできた。心臓がどくんと鳴り、白い息が吐き出されてすぐに消えていく。おそるおそる顔を上げると、そこには先ほどとは打って変わって真っ白な雪を被った桜が立っていた。

?」

後ろから聞こえた懐かしい声。振り返るとそこには一番会いたかった人がいる。

「ぎん、さん」
「お前、何つー格好してんだよ」
「だって、夏だったんだもん…」

涙を拭うと、ふわりといちご牛乳の香りがした。抱きしめられている、そう気付いた時にはどんどん銀さんの力が強くなっていって、わたしはかじかむ手をゆっくり彼の背中に回した。夢じゃない、夢じゃなかった。銀さん、銀時さん。

「会いたかった、です」
「俺も」



運命は優しかった



「銀さん」
「ん」
「さむい…」
「バーカ」


(20160410)