「お疲れ様でした」

バイト先を出ると、しとしと雨が降り出していた。もう梅雨は終わったのに、と頭の中で愚痴をこぼしながら念のために持ってきた折りたたみ傘を開く。

今日から8月。街を歩く人たちも皆薄着になり、少し動くだけで汗が滲む季節だ。あれから、4ヶ月経った。

あの日、わたしがこの世界に戻ってきた日。慌ててバッグの中から携帯を取り出して時間を確かめると、日付けは変わっておらず時間もほとんど経っていなかった。向こうの世界で暮らしていた時間がゼロになったということだ。どうして、何で急に。わたしは川に落とされたはずなのに。次から次に疑問が湧き出てきたけれど、どう足掻いてもあの世界には戻れないし、側には誰もいない。

長い夢だったんじゃないか、と何度も考えた。だけど、夢で片付けるには全てがリアルすぎて、何もかもが昨日のことのように思い出せる。銀さん、神楽ちゃん、新八くん。みんな、どうしているだろう。わたしが急にいなくなって探してるんじゃないだろうか。特にわたしが落ちる瞬間を見ていた銀さんは心配しているんじゃないだろうか…。意外と、時間が戻ってしまったんなら、みんなの記憶の中からわたしは消えているのかもしれない。最初からいなかったことになっているのかもしれない。それならいい、と思えるほど、わたしの心は広くなかった。

この世界で生きていた時間の方が長いはずなのに、どうしてこんなに宙に浮かんでいるような、ふわふわした気持ちなんだろう。元々、自分の生活が嫌いなわけじゃなかった。それでも、みんなに、銀さんに会いたい。

傘を叩きつける雨は次第に強くなっていった。


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消えた。

あの日の夜、が高杉の野郎に橋から落とされた時、慌てて川に目をやるもそこにの姿はなかった。それどころか、川に落ちる音すらも聞こえなかった。気がつけば高杉は姿をくらましており、俺は途方に暮れた。 信じたくはないが、消えた、という表現が正しい。そして薄々と感じている。は、戻った。元の世界に。

は、本当に帰っちゃったアルか?もう戻ってこないアルか?」

悲しそうにそう聞いてくる神楽にどう返していいか分からない。返事の代わりに頭にポンと手を置いて万事屋を出た。雨が降っている。

冬の雨は残酷だ。ただでさえ寒いのに、雨によって手足の感覚がより一層鈍くなる感じがする。

そういえば、はこのかぶき町の春しか過ごせてねーじゃねェか。これからもっと楽しいことあんのによ。初めは元の世界に戻してほしいと依頼したアイツも、最終的には帰りたくないと言った。それなのに、あまりにも残酷すぎるんじゃねーか。

気がつけば初めて出会った桜のところへ来ている。気がつけばの姿を探している。は、元いた世界で俺たちのことなんか忘れて普通に暮らしているのだろうか。落ちた時に怪我とかしなかっただろうか。いつもそんな心配ばっかりして、が元気ならそれでいいと思う反面、俺がいないところで元気に過ごしていることは何となく許せねェ自分がいた。

桜の葉はすっかり落ちてしまっていて、雨粒が木の先を白く彩っている。


重なる雨でゼロになる



(20160402)