あの日わたしがスナックすまいるで着ていた着物を届けると、お妙ちゃんはわたしに迷惑をかけた、と頭を下げてきた。慌てて首を振る。一度引き受けたことを途中で投げ出してしまったのはわたしの方なのだから、謝るのはわたしの方だ。
「本当にごめんね、あの後お店大丈夫だった?」
「こっちは大丈夫、さんこそ大丈夫だった?銀さん、怒ってたんじゃない?」
「あはは、大丈夫」
まあ、怒ってたんだけどね。万事屋のみんなのために働こうと思っていたけれど、それが空回りして銀さんたちに迷惑をかけている。そう考えたわたしは、団子屋さんが営業再開するまで大人しくしていることにした。万事屋の仕事も、少しは出来ることがあるかもしれない。
もうすぐ梅雨、そして夏がやってくる。お妙ちゃんの家を後にして万事屋へと戻る道中、わたしと銀さんが出会った桜の木のある河原近くを通ると、何やら黒い服を着た人たちの集団が目に入った。しかも見覚えのある制服。気になって近づくとやはり、そこには見知った人物たちがいた。
「近藤さん!土方さんに、総悟くんも…」
「おお!ちゃんじゃないか!」
相変わらずの威勢の良さで手を上げた近藤さんに、隣で不機嫌そうにタバコをふかしている土方さん、風船ガムを膨らます総悟くん。ちらりとわたしを一瞥した総悟くんがふいっと目をそらし、あの夜のことを思い出した。そういえば、あの時総悟くん怒ってたんだった。ふと、首を噛まれたことを思い出して少しだけ恥ずかしくなったが、思い切って声をかける。
「総悟くん、」
「何でィ」
「えっと、この間はごめん、途中で…あんな風に帰っちゃって」
その、なんか怒ってる?そう聞くと、総悟くんは再びガムをぷうっと膨らまし、両手を差し出してわたしの両頬を引っ張った。驚いて変な声が出る。いだだだだ!
「さすが、団子屋のほっぺは良く伸びまさァ」
そんなことを言って手を離すと、まああの日のことは貸しひとつってことで、と言ってにやりと笑った。相変わらず、何を考えているか分からない、不思議な男の子だ。頬を押さえながら瞬きを繰り返す。それにしても真選組のトップであろうお方が、こんなところで何を?
「…あの、今日は皆さんお仕事休みなんですか?」
「バカか、休みの日にこんな格好してるわけねーだろ、仕事だ仕事」
「実は松平のとっつぁん…俺らの上司がさ、ここに別荘建てるって言うんだよ」
「そうなんですか」
「でもなァ、そうなるとやっぱりここの桜の木は切ることになるな」
「…えっ!?」
突然大声を上げたわたしに、三人が驚いた表情を向ける。すみません、と謝ると土方さんがため息をついた。
「ほらな近藤さん、桜を切るってなるとまた一般人の真選組のイメージだだ下がりだぜ」
「うーん、そうなんだけどさァ…とっつぁん銃向けてくるんだもん…俺死にたくないもん…」
「庶民の楽しみ、そして癒しである桜を奪うだなんて!鬼副長死ねコノヤロー!ってが言ってますぜ」
「い、言ってない!言ってない、けど…」
「けど、なんだ」
「ここ、わたしと銀さんが初めて出会った…思い出の場所、なんです」
寺子屋帰りの子どもたちが、わたしたちのいる場所をわいわい楽しそうに走り過ぎて行く。しん、となった空気の中で、 土方さんがタバコの煙を吐き出すのと同時に、スラリと総悟くんが刀を抜いた。
「よし、総悟切れ」
「任せてくだせェ土方さん、こんくらいの木、楽勝ですぜ」
「えっちょっ、待っ」
「ストーーーーーーーップ!!!!!」
急に大声を出した近藤さんに、わたしたち三人は驚いて息を止めた。ばっと顔をあげた近藤さんの目には涙が浮かんでいる。
「ちゃん、俺は感動したよ!あの万事屋との思い出の場所を頑なに守ろうとした君の姿に!」
「えっいや、頑なに守ろうとしてました…?」
「俺もさァ、お妙さんとよくここで、二人きりの時間を過ごしたもんだよ…」
「え?」
「妄想だな」
「妄想でさァ」
「愛する人との思い出の場所、そんな簡単になくすわけにはいかないよなァ、ちゃん!」
「はっはい!」
強い力でガシッと両手を握られる。わたしと握手しながら近藤さんは熱く語った。
「男、近藤勲!愛するお妙さんとの大事な場所を守り切ってみせる!!」
「は、はあ…」
待っててくださいお妙さァァァん!!大声で走り去っていく近藤さんの背中を見つめながら、ほっと胸をなでおろした。
「ったく、相変わらず突っ走りやがって、総悟行くぞ」
「へーい」
「あ、じゃあわたしはこれで」
「」
「ん?なに?」
「俺はいつでもこの桜、切ってやりますぜ」
どういう意味、と声をかけた時には総悟くんは土方さんと歩き出していて、ひらひらと手を振っていた。なんだか腑に落ちないまま、わたしもひらひらと振りかえす。
またここに戻ってこれる
もう今は、元の世界に戻る戻らないは関係ない。ただ単に、わたしにとって大事な場所だった。
(20160316)