「なかなか厳しいな~…」

ふう、とため息をこぼして呟く。つい先程のことだ。お世話になっていたお団子屋さんのご主人と奥さんに挨拶に行ったら、団子屋再営業のときにはまたわたしにバイトをお願いしたい、と頼まれた。もちろん二つ返事で引き受けたのだけど、再営業までまだだいぶ時間を要するらしい。今はとりあえず、それまでのバイト先を探しているわけなのだ、けど。銀さんに隠れて書いた履歴書を眺める。履歴書、と言っていいのだろうか。住所や連絡先は万事屋にしてあるけれど、学歴などは元いた世界のものであってここでは通用しないただの紙切れだ。万事屋から近い所で、コンビニやらファミレスやら回ってみたけれどなかなかバイトの求人はない。万事屋にもなかなか依頼が入ってこないし…まあそれは元からみたいだけど、この世界もやっぱり不景気なのかなあ。履歴書と睨めっこしつつ、そんなことを考えながら歩いていたら誰かとぶつかってしまい慌てて顔をあげた。

「すみま…あ」
「…お前、万事屋の」

正面に立っている人を見た瞬間、口の中いっぱいにマヨネーズの風味が広がった気がした。土方さん。頭の中で、彼の顔と名前が一致した瞬間わたしは勢い良く頭を下げた。

「せっ先日はすみませんでした!」
「は?いや何でお前が謝るんだよ」
「…襖、」
「あァ」

忘れてたわ。土方さんが何でもないようにそう答えたので、何だか拍子抜けしてしまったわたしは顔を上げて土方さんをまじまじと見つめた。制服姿じゃないあたり、今日はお休みなのかもしれない。土方さんの視線が、わたしの手に向けられている事に気付き、何となく気まずくて持っていた履歴書を後ろに隠した。

「これは、その」
「…お前、飯食ったか」
「え、いやまだです」
「付き合え」

えっ。わたしは驚きの声を上げたが、土方さんは気にする様子もなく黙ってわたしが歩いてきた道を歩き出す。付き合えというのは、一緒にご飯を食べようというお誘いでしょうか。わたしは不思議に思いながらも、仕方無く先を歩く彼の背中を追った。

「この間の詫びだ、好きなモン頼め」
「や、でも悪いですし」
「あァ?」
「…からあげ定食でお願いします」

わたしは土方さんのお言葉に甘えて、メニューで一番先に目に付いたものを注文する。土方さんはいつもの、と短く店員さんに伝えると胸元から煙草を取り出して火をつけた。いつものってことは、ここの常連さんなのかな。カウンター席に並んで料理を待つ間、何を喋れば良いのか分からず黙り込むわたし。水だけが着々と減っていく。正直に言うと、土方さんは怖い。

「…仕事」
「えっ」
「仕事探してんのか」
「ああ、まあ、はい…」
「そうか」

土方さんはふう、と煙を吐き出した。

「あ、でもお団子屋さんが営業再開したら、また戻りますから」
「だいぶ先だろーが」
「大丈夫です、何とかなります」

何とかなるっていうより、何とかしないと。うんうんと頷きながらそう言ったわたしを、土方さんは珍しいものを見るような目でじっと見つめてきた。

「お前、変わってんな」
「え?」
「はい!からあげ定食と土方スペシャルお待ち!」

どんっ、とわたしの目の前に置かれたからあげ定食は物凄く美味しそうに白い湯気をゆらゆら揺らしていて、土方さんの目の前に置かれたどんぶりの中では白いマヨネーズがゆらゆら揺れていた。もうどんぶりの中身が何かも分からないくらいマヨネーズがかけられていて、あの日サービスだと言って苺のタルトにマヨネーズをかけた土方さんを知らなかったらきっと悲鳴を上げていただろう。土方さんは煙草をもみ消して、美味しそうにどんぶりの中身を啜っていく。わたしの視線に気付いたのか、土方さんが何か納得したようにあァ、と頷いた。

「そういやお前もマヨラーだったな」
「まよらー…?」
「ホラ、使っていいぞ」

特別だ。土方さんはそう言ってどこからかマヨネーズを丸々一本取り出してわたしに差し出してきた。少し困りながらもそれを受け取り、お皿の隅に少しだけ絞り出して土方さんに返す。彼は少し不満そうな顔をしていたけど、そのまま黙って箸を進めた。あ、そういえば。わたしは思い出して土方さんに声をかける。

「あの、良ければ総悟くんにお礼言っておいてもらえませんか」
「…総悟に礼だァ?」
「近藤さんから聞いたんですけど、わたしが不在のときに万事屋にお見舞いに来てくれたみたいなんです」
「はァ?総悟が?つーかお前、どこで近藤さんに会ったんだよ」
「ええと、お妙ちゃん家で…」
「…ったくあのゴリラ」

みんな近藤さんのことゴリラって呼ぶんだよなあ。からあげを食べながらそんなことを考えていたら、今度は土方さんの方から声をかけられた。

「お前…」
「はい」
「万事屋の従業員、じゃねーんだよなァ」
「…同居人、です」
「…ふーん」

土方さんはそれ以上わたしに声をかけることなく、もくもくとどんぶりの中身を消化していった。久し振りに食べたからあげはとても美味しく、わたしは残さず平らげた。

店を出て、わたしがご馳走様でした、と頭を下げると、土方さんはそんなわたしのつま先から頭のてっぺんまでじっくりと眺めてきた。なんだか今日は見つめられてばかりいる気がする。頭上に疑問符を浮かべながらそのまま黙っていたら、思いがけない質問が飛んできた。

「お前、飯作れるか」
「…はい、一応それなりには」
「掃除、洗濯」
「…?嫌い、ではないです」
「…履歴書よこせ」

よこせ、と言われた時には、既に土方さんに履歴書を奪い取られていた。

「ちょうど真選組の女中が足りなくて困ってたんだ、近藤さんに頼んでやる」
「…え!?いやっそこまでして頂くのはさすがに申し訳ないです!」
「あァん?」
「…よ、よろしくお願いします…」

わたしはぽかんとして、小さくなる土方さんの後ろ姿を見送った。…優しいのか怖いのか、よく分からない人だなあ。そこではっとなり、急いで万事屋へと足を進める。お団子屋さんのご夫婦に挨拶に行くとしか言ってなかったから、心配しているかもしれない。真選組の女中。それだけで銀さんが嫌な顔をするのが頭に浮かんだ。


振り向くと、女はすでに背を向けて歩き出していた。胸元にしまった履歴書を取り出し、封を開けて中を見る。。そういやそんな名前だったか。

今日飯を奢ったのは、詫びだとかそんな偽善めいた理由ではなく、ただ単純に興味があったからだ。あの時、顔や身体に傷をつけられながらも自分の事より店の主人たちの事を気にしていたこと。そして何より、あの総悟が懐いている。あの総悟が、女に、だ。さっき女中に誘ったのも、同じ理由だ。ふと、胸糞悪い銀髪侍の姿が頭に浮かぶ。

『大事な家族勝手に傷付けられて、こちとらすっげェ気分わりーんだよ』
『…同居人、です』


履歴書に貼られた写真の女に向かって呟く。

「どう考えてもただの同居人じゃねェだろ…」



写真越しに今言えること



(20141228)