坂田さんの様子がおかしい。

あの後、神楽ちゃんを連れて急いで万事屋に戻ったれけどそこに総悟くんの姿はなく、坂田さんが相変わらず部屋でのんびりしているだけのいつもの万事屋だった。でも坂田さんは、どこか上の空というか…。少し疑問に感じながら夕食の片付けをし、テーブルを拭きながらソファに座ってテレビを眺めている坂田さんを盗み見る。何かあったんですか?と聞く勇気は全く無いわけで。

!」
「ん?神楽ちゃん、どうしたの?」
「わたし先にお風呂入って良いアルか!」
「うん、どうぞ」
「その間に、ちゃんと伝えるアルよ!!」
「ちょっ、しー!」

慌てて神楽ちゃんの口を塞ごうとしたが、彼女は何故かドヤ顔を決めてささっとお風呂場へ消えて行った。お妙ちゃんに言われた、「さん、銀さんは馬鹿だからちゃんと気持ちを言葉にしないと伝わらないわ…って訳だから今日の夜銀さんにさっき言ったことをそのまま伝えなさい」という言葉が頭をぐるぐる回り、顔が熱くなる。テレビの音だけが響く室内。さっきの神楽ちゃんの台詞をなかったことのように振る舞い、わたしはテーブルを拭きあげ立ち上がった。

「何を伝えんの」

なかったことには出来なかった。台所へ戻ろうとしたわたしの背中に坂田さんの声が飛んできて、わたしはぎくしゃくと振り向く。坂田さんはソファの背もたれに両腕を広げて真っ直ぐわたしを見つめていた。

「べっ別に…」
「ふーん」
「いや、えっと」

お風呂場から、神楽ちゃんの陽気な歌声が聞こえてくる。ちゃんと言わなきゃ。

「え…っと、あ、今日総悟くん来ませんでしたか?」
「は?」

とりあえずワンクッション置こうとしてみたら、坂田さんが怪訝そうに眉を寄せた。あれ、なんか機嫌悪い…?そういえばあの日、真選組で総悟くん坂田さんに刀向けてたし、もしかして仲悪かった!?わたしは慌てて言葉を続ける。

「いや、あの今日お妙ちゃんの所に行ったら近藤さんが」
「…っせー」
「え?」
「総悟くん総悟くん総悟くん総悟くん総悟くん総悟くん総悟くん総悟くんうるっせェェェ!」

急に大声を上げて立ち上がった坂田さんに身体がびくっと跳ねる。

「…え!?わたし今一回しか総悟くんって言ってな」
「はいィ~!今二回目言いましたァ~!」
「さっ坂田さん」
「なになに、何なの?急に途中から現れたサド王子のことは名前呼びで第一話から出てる俺のことは名字呼びィ!?」
「や、だって坂田さんは年上だから」
「年上のことを名字で呼ばなきゃいけない決まりなんてありません~あったとしても認めません~」

心臓がどきどき鳴っている。あの日の夜、坂田さんの口から出てきた四文字の言葉が頭に浮かんだ。

「もしかして、ヤキモチですか?」
「……はい?」
「だから、名前呼びの総悟くんにヤキモチ」
「…ああハイハイ、美味しいよね焼き餅、あれをおかずにすると餡子が進むよね」
「ヤキモチかあ…」
「…いやちゃん違うからね?俺がさっきハイハイって言ったのはお前が言ったヤキモチを認めたハイハイじゃなくって焼き餅が美味しいって事に対してのハイハイだからね?と言うかハイハイさんは万能でいらっしゃるから割と会話の合間にちょろちょろ出てくる訳であってさっきのハイハイもそんなノリのハイハイだからね!?」
「あの」
「ハイハイィィィ!!」
「銀時、さん」
「んなっ」

名前で呼ぶのは初めてだった。周りのみんなみたいに銀さん銀ちゃんと呼ぶんじゃなくて、今はきちんと彼の全部の名前を、省略することなく呼びたかった。目の前でぴしっと固まっている坂田さん…いや、銀時さんの姿に口元が緩む。今なら素直に伝えられる気がする。わたしは再び口を開いた。色々と考えたんですけど。

「わたし、これからも銀時さんの側にいたいで」

す。そう言い終わる前に手首を掴まれて引き寄せられる。そのままわたしは倒れこむようにして銀時さんの胸の中にすっぽりと収まってしまった。手から落ちた台拭き。ばくばくと鳴っている自分の心臓と、彼の心臓の音。そっと銀時さんの背中に手を回すと、より一層彼の腕の力が強くなった。

「…
「はい」
「銀時さんはダメ」
「えっ」
「いや、ダメっつーか」

少しだけ身体が離れ、わたしは彼を見上げる。珍しいことに、耳がうっすらと赤色に染まっている。

「普段は銀さん銀ちゃんで、こーいう二人きりのときは銀時さんって呼んでほしいなーみたいな?」
「あ、わ、分かりました」
「そうじゃねーともう銀さんの銀さんがやばいんだよ」
「え?」
「いや、」

何でもないわ。そう言われると同時に、またぎゅうっと強く抱きしめられる。銀さん、銀ちゃん、銀時さん。心の中で何度も彼の名前を呼んでいたら、頭を撫でられ耳元で低い声で囁かれる。これからそんな感じで、よろしく。これから。たったそのひとつの言葉で、わたしの中にあった自分の未来への不安がすっと消えていったような気がした。ゆっくり目を閉じた瞬間、お風呂場の戸がガラリと開いた音でがばっとわたしから離れる坂田さん。じゃなくて。

「ぎ…銀時さん?」
「ちょ、ちょっ…餅買ってくるわ俺」
「え、餅?スーパーそろそろ閉まりますけど…」
「落ち着け俺…!」
「銀時さん大丈夫ですか?」
「落ち着け俺の俺ェェェ!!」


!ちゃんと言ったアルか!」
「あ、うん…何とか、ありがとう」
「ん?銀ちゃんは?」
「…お餅買いに行って来るって」
「…何してるネあの白髪頭」



絡めとられた不安



「長谷川さんよォ、もう俺の俺が限界で俺の頭がパーンってなっちまいそうだわマジで…」
「え、何?何の話?銀さんの頭すでにこの世の全ての方向に向かってパーンってなってるじゃん?」
「殺す」



(20141124)