「おーいたいた、」

坂田さんは普段のやる気の感じられない表情でそう言うと、定春くんから下りて呆然として座っているわたしの元まで歩み寄りしゃがみ込んだ。白い包帯を巻かれているわたしの腕を見たあと、坂田さんはわたしの手当された頬に触れる。わたしは恥ずかしくて目を逸らした。総悟くんや、手当てしてくれた隊士さんに触れられた時とは違う。傷が、痛いというより熱い。

「また随分と派手にやられたな、慰謝料いくら寄越されたって足りねーぞこれ」
「万事屋てめェは関係ねーだろ、もうそいつとは話はついてる」
「関係なくねーんだよなァ」
「…どう関係なくねーんでさァ」

わたしの頬を触り続けている坂田さんの首元に光るものが。見上げると、総悟くんがしゃがんでいる坂田さんの背後から刀を突き付けている。わたしは驚いて総悟くん、と彼の名前を呼んだ。坂田さんの目元がぴくり、と動く。そして、特別刀を気にする様子もなく大きなため息をついて立ち上がった。わたしを担ぎ上げて。

「坂田さっ」
「関係大ありなんだよ、こいつはウチの大事な家族なもんでね」

家族。その言葉に部屋が静まり返る。家族って、坂田さん、どうして。

「大事な家族勝手に傷付けられて、こちとらすっげェ気分わりーんだよ」

どうして。

「イタタタ…え?何この状況…え?なんで万事屋がいんの?」
「定春ゥゥゥ!伏せェェェ!」
「わおん!」
「ギャアアアア!!」

ようやく起き上がったのに定春くんの伏せによって再び下敷きになる近藤さん。よいしょ、と言って坂田さんはわたしを定春くんに乗せる。そして坂田さんがわたしの後ろに乗ると定春くんは勢い良く部屋を飛び出して走り出した。万事屋てめェェェ!襖弁償しやがれェェェ!!後ろから土方さんの怒号が飛んで来るが止まらない。定春くんのスピードがとても早く、わたしは自然と坂田さんに寄り掛かる形になる。坂田さんは少しだけいちご牛乳の匂いがして、なんだか切なくなった。お互い何も言葉を交わさず、しばらく走るだけ走って、辿り着いたのは万事屋ではなくあの桜の木の場所。なぜか定春くんだけが先に帰され、わたしと坂田さんの二人きりになった。わたしはどうしても坂田さんの顔が見れずに俯いたままだ。

「聞きたいことあんだわ」

身体がびくりと跳ねる。

「昨日の、ごめんなさい、ってアレ、どういう意味?」

黙り込むわたし。坂田さんはわたしとの距離を詰めて話を続ける。

「今日だって朝起きたらいつの間にかいねーしよ、急にいなくなられると元の世界に戻ったのかただ出掛けただけなのか分からなくて困るんだわ」
「……」
「答えろよ」

我慢できなくなったわたしは、近付いてくる坂田さんの身体を思い切り押し返した。それでも坂田さんは少しふらついただけで。わたしはやっとで声を絞り出した。よく分からない感情でいっぱいいっぱいな、情けない声を。

「わたしは、坂田さんに元の世界に戻してくださいって依頼した身です」
「…ああ」
「なのに、最近どうしても帰りたくないって思っちゃうんです、万事屋は、坂田さんの傍にいるのは居心地が良すぎるんです、なのにあんな、大事な家族だなんて言われたら」

余計帰りたくなくなるじゃないですか。そう言うと同時に目の前がぼやけてぼろぼろと涙がこぼれ、目を閉じた瞬間坂田さんにふわりと抱きしめられた。甘いいちごの香りが強くなる。

「だったら帰らなきゃいい」
「でも」
「ずっとここにいて、ずっと俺らと一緒に暮らせば良いじゃねーか、

最初に言っただろ。流されときゃいい、難しく考えんなって。坂田さんのわたしを抱き締める力が強くなる。

「流れ着いた先がここなら、もうそれで良いんじゃね?」
「坂田さん…」

顔を上げると、涙が頬を伝う。目があって、微笑んだ坂田さんの顔がゆっくり近付く。…って。

「良くないいい!!」
「ぶふっ!」

わたしは坂田さんの鼻のあたりに思い切り頭突きをした。坂田さんは鼻を押さえて悶絶している。あ、あ、危ない…!

「ちょっテメー!今明らかにそういう雰囲気だったよね!?空気読もうか!?読めるよなお前なら!?」
「坂田さんこそっ、良い加減にしてください!」
「何が!?」
「この間だって、酔っ払って帰って来ていきなり人のこと押し倒して耳にキスしておいて、」
「えェェェ!?俺そんなことしたのォォォ!?」
「家族なんて、なれるわけないじゃないですか!」
「何でだよ!理由を言いやがれコノヤロー!」
「だって、だって…坂田さん婚約者いるじゃないですか!」
「…は?」
「それなのに家族だなんて、しかもキ、キスだなんてそんなこと許されないに決まってます!」
「ちょ、一旦落ち着こうかちゃん、婚約者って何のこと?」
「とぼけるんですか、あのメガネかけた薄紫色の長い髪の女の人ですよ、あんなキレイな人がいるのに…」
「……あのアマァァァ!!」



泣いたらキスをあげる



(20140428)