坂田さんは何も言わなかったし何も聞かなかった。あの後普通にみんなと一緒にご飯を食べて、坂田さんと同じ部屋で眠って。坂田さんが目を覚ます前に家を出て、桜の木へと向かった。本格的に探すと言ってはみたものの、わたしはすっかり花が散って緑色になってしまった木を眺めることしか出来ない。とりあえず住むところから探そう。お店で奥さんに相談してみたら、彼女は「おやおや喧嘩かい」と笑いながらもウチの三階で良ければ使って良いよ、狭いけどね、と言ってくれた。二階はご主人と奥さんの住まいになっている。奥さんのその言葉に、ありがとうございます、と頭を下げた。今日帰ったら、荷物まとめよう。新八くんと神楽ちゃん、何て言うかな。坂田さんは、坂田さん、は…。

昨日わたしが謝ったときの坂田さんの悲しそうな顔が頭をよぎる。なんで、あんな顔。

「…い、おい店員、聞いているのか」
「、あ」

はっ、と我に返る。いけない、接客中だった。わたしは目の前のテーブルに座る長髪の男性と白いペンギンみたいな生物に失礼しました、と頭を下げる。仕事中だ、余計なこと考えるなわたし。

「蕎麦を二つ頼む」
「そ…お客様すみません、当店蕎麦は置いてなくて…」
「なぜ蕎麦がないのだ、この店は」
「団子屋ですから」

ギラリ、と男性の目が光り思わずたじろぐ。白いペンギンは小さなプラカードをサッと出してわたしに見せた。桂さんのご要望だ、さっさと蕎麦を出せ。…いや、そんなこと言われても…。困ったことに、奥さんは用事があるとのことで出掛けていて、ご主人は買い出しに出ているので今このお店にはわたし一人しかいない。

「こ、こちらのきな粉団子なんていかがでしょう、さっぱりしていて大人の方に人気なんですよ」
「ふむ…よし、では蕎麦を頼む」
「いえ、ですからあの」
「かーつらァァァァァ!!!」

急に外から大きな声が聞こえて、わたしはメニュー表を広げたまま視線を声のした店先へと向ける。その瞬間、鳴り響いた爆音と物凄い衝撃。正面から襲ってきた爆風に、わたしは悲鳴を上げるより先に後ろに吹っ飛んだ。

「う…」

目を開けると、目の前に広がっていたのはぱっちりした目に黄色いくちばし。そしてその奥には全壊しているお店が見えて、言葉を失う。え、え?一体何が起こったの?ずきん、と小さく頬が痛んだのでそっと触れてみれば切れていたようだ、指先に血がついている。頬だけじゃない、よく見れば両腕にもいくつもの傷が出来ていた。

「全く、相変わらず手荒なマネをする犬どもだ」

後ろから声が聞こえ、慌てて振り返ると長髪の男性が涼しい顔でわたしを抱きかかえるようにして座っていた。後ろには男性、目の前には白いペンギン。ぐちゃぐちゃになっている店内。何が起こったのか全く理解出来ないけど、とにかくわたしを守ってくれたらしい。店員、大丈夫か。男性の問いに、わたしはとりあえず頷く。大丈夫かと聞かれれば大丈夫じゃなくても大丈夫だと答えるのがわたしの癖だ。お店は明らかに大丈夫ではないのに。

「隊長ォォォ!アンタまたですかァァァ!」
「おーい、桂生きてるかァ」
「…時間がない」

男性と白いペンギンが同時に立ち上がる。わたしは腰がぬけてそのままぺたんと座り込んだままだ。

「店員、巻き込んですまなかったな」
『次からは蕎麦をメニューに加えておけ』
「あ、ちょっ」

待って下さい!そう叫んだときには二人の姿は消えてしまっていた。瓦礫の埃が舞う中、半壊した店の中にたくさんの黒い服を着た人達が入ってくる。わたしはただ呆然とその様子を眺めていた。その中に見知った人物が一人。

「大丈夫ですかィ、
「総悟くん…?」
「隊長!桂の姿がありません!」
「ちっ、まだ遠くには行ってないはずだ、探せ」
「はっ!」

ぽかん、と指示を出している総悟くんを見上げる。ばたばたと慌ただしく何人かの黒服の人達が店を出て行った。総悟くんはしゃがみ込んでわたしの頬に手を伸ばし、傷を指でなぞる。ぴりっと走る痛みに顔を歪めた。

「良い顔してますぜ」
「総悟くん、一体何でこんなことに、お店が」
「ま、詳しい話は屯所で」

わたしの腕を掴んで立ち上がろうとする総悟くん。が、わたしは腰がぬけてしまっているため動けない。身体中が痛い。思わず俯くと急に身体が浮いた。

「う、わあっ」
「もうちょっと色っぽい声出せねーんですかィ」
「そそそ総悟くん!わたし重いから!」
「本当でさァ」
「お、おろして下さい!」
「立てねェくせに?」

引きずって連れてかれたいんですかィ?総悟くんの言葉に黙り込むわたし。彼なら本当にやりかねない。わたしをお姫様抱っこしている総悟くんは、わたしが思っている以上に力持ちらしく、わたしを抱えたままスタスタと店の前に停まっていたパトカーまで歩く。真選組、という文字が書かれたパトカー。わたしはその後部座席に乗せられ、ばたんとドアが閉められた。窓から外を見るとすっかり傾いてしまったお店。周りにはたくさんの野次馬が集まっている。見慣れた銀色がその中にいないか、探し出す前に車は動き出した。



瓶詰めの憂鬱



(20140424)