「で、ちゃんとこは何年目なの?何か月、かな?」
「はい?」
「万事屋の旦那とだよ、新婚なんだろ?」
「ぶふっ」



スパイシーバニラビーンズ



「ごほっ、奥さ、勘違いです…!わたしと坂田さんはそういう関係じゃあ、」
「あらそうなの!?やだねわたしはてっきり」

午後四時。バイト先の団子屋が少し落ち着く時間帯であり、わたしと奥さんの休憩タイム。奥さんの爆弾発言にわたしは飲んでいたお茶を盛大に吹き出してしまった。ししし、新婚って!わたしと坂田さんって、そんな風に見えていたのか。だって同じ屋根の下で暮らしてるんだろ?奥さんの問いにわたしは戸惑いながら頷き、軽く否定の意味も込めて、でも居候させてもらってるだけですから、と笑う。奥さんが最近の若い子は違うねぇ、と喋っている最中わたしはあの夜のことを思い出していた。

名付けて、坂田さん酔っ払い耳チュー事件。いや、ちゅーっていうかあれはただ触れただけなんだけど。事件っていうより事故なんだけど。あの夜結局わたしは一睡も出来なかったのに、朝起きた坂田さんは好きなだけ寝た挙句、失礼なことになんにも覚えていなかった。そのことにちょっと苛ついてしまったのはまあ事実だけど、ああいうことをしてしまうまで酔っ払っていたのだから仕方ない。オロオロとあるはずもないタイムマシンを探す坂田さんが不憫に思えて、わたしは正直に何もなかったことを話した。坂田さんはほっとしたような、残念がっているような微妙な表情をしていたけど。一体何なんだったんだろう。あの行動と、あの言葉…。でもあれから坂田さん、布団で寝てくれるようになったし。それは良かった。良かったんだけど、意識しないと確信していたわたしがやっぱり坂田さん酔っ払い耳チュー事件によって意識してしまうわけで。おやすみなさいを交わして電気を消した後も、坂田さんの鼾が聞こえるまで眠れないのだ。こっちに来てからわたし図太いかも、と思ったこともあったのに、変なとこで繊細だ。

「あら!沖田さんいらっしゃい!」

奥さんの威勢の良い声に、弾けたようにわたしはハッとなった。慌てて持っていた湯呑みを置いて立ち上がり笑顔を作り出す。

店先のディスプレイの前に立っていたのはミルクティー色の綺麗な髪を持った男の子。歳はおそらくわたしより下だろう。奥さんが名前を呼んでいたあたり、常連さんなのかもしれない。いらっしゃいませ。そう言って彼に近付くと大きなまあるい目がわたしを捉えた。

「見ない顔でィ、新入りか?」
「あっはい、最近バイトで入りましたです」
「へェ、前の不細工よりは多少顔が整ってら」
「…え?」
「沖田さん、アンタまたサボりじゃないだろーねえ」
「違ェよ、今日は休みでさァ」

彼、沖田さんは腰を屈めてディスプレイの中のお団子を眺める。どうやら、可愛い顔してなかなかの毒舌ボーイらしい。みたらしと三色団子、二本ずつ。そう言って沖田さんは店頭に置いてある赤椅子に腰掛けた。わたしは気を取り直し、言われた通りのお団子をお皿に乗せる。お茶を注いで、ふと顔を上げると沖田さんがわたしをじいっと見つめていた。慌ててお盆の上に乗せたそれらを沖田さんの元に運ぶ。

「お待たせしました」
「アンタ」
「はい?」
「この辺の生まれですかィ?」

どき。じわりと生まれた不安を押しつぶすように、わたしはお盆を胸元に押し付けて万事屋で決めた設定を話す。

「最近、田舎から出てきたばかりなんです」
「田舎ねェ」
「おかしい、ですか?」
「いんや」

なんか雰囲気が普通のやつとはちょっと違う気がしたんでさァ。ま、気にしないで下せェ。職業柄、人間観察が板についちまっていけねーや。そう言って、沖田さんはお団子を手に取る。

『とりあえず、さんは田舎から出稼ぎに来たんだけどお金や荷物を取られてしまって、万事屋に居候してるって設定はどうでしょう』
『なるほど』
『出稼ぎ!わたしと同じネ!』
『まあ別世界から来ました、とか言ってもアレだもんなァ…でも田舎ねェ』
『…?銀さん、何か引っかかるんですか?』
『かぶき町だとか田舎だとか関係なく、は雰囲気が違うんだよなァ、なんとなく』
『雰囲気…?』
『そ、雰囲気』


わたしは沖田さんの言葉に思わず目を丸くした。今までにわたしのことを雰囲気が違う、と言ったのは坂田さんと、この沖田さんだけだ。新八くんと神楽ちゃんは感じないみたいだし、自分でももちろん雰囲気なんてよく分からない。坂田さんに言われたときはそんなに気にしなかったけど、いざ他人に言われるとなんだか不安になる。その不安を押し隠しながら沖田さんを見ると、三色団子を一気に口の中に入れて、もぐもぐと頬を膨らませて咀嚼していた。どうやら深い意味はなくただ言ってみただけであって、本当に気にしなくて良さそうだ。少しだけ不安が解消されて、ほっと息をつく。するとなんだか、沖田さんの膨らんだ頬が神楽ちゃんのものと重なって見えて、思わずふふ、と笑みをこぼした。ぎろり。赤い瞳に睨まれる。

「…なんでィ」
「あ、いやごめんなさい、美味しそうに食べるから」
「別にうまくねェや」
「ちょっと!聞こえてるよ!!」

店の中から奥さんの声とご主人の笑い声が聞こえてくる。沖田さんは地獄耳、と呟いて肩を竦めた。わたしは沖田さんにごゆっくり、と告げて店内へ戻る。最近何も買って帰れなかったけど、今日はお団子いくつかお土産に買って帰ろうかな。わたしは伝票を書きながら坂田さんと神楽ちゃんがむしゃむしゃとお団子を頬張り、慌てて新八くんが自分の分を死守する、そんな様子を頭に浮かべる。す、と自分の前に影が落ちていつの間にか食べ終えたらしい沖田さんが目の前に立っていたので驚いた。

「早いですね、お会計ですか?」
「沖田総悟でさァ」
「あ、よろしくお願いします沖田さん」
「総悟」
「…はい?」
「総悟でさァ」
「総悟、くん」
「…まあいいや、それより」

ごそごそ、と沖…総悟くんが胸元を探る。わたしは伝票を見て420円です、と伝える。しかし総悟くんの胸元から出てきたのはわたしが想像していたものとは真逆なもので思わず持っていた伝票を落としてしまった。総悟くんの手にはまあるい輪っか。ドーナツのような可愛らしいものではなく、もう少し大きくて、周りにはとげとげした飾りがついている。

「ええと、首輪…がどうかしました、か」
「アンタにあげますぜ、
「いや、えっと」

なぜ首輪が出てきたのか、なぜわたしにその首輪をくれるのか。そもそも初対面で呼び捨てですか。よく意味が分からず苦笑しながら頭の上からクエスチョンマークを飛ばす。すると総悟くんがわたし以上に驚いた顔を見せたもんだからさらにわたしは驚いた。

「なんだ、アンタ知らねェんですかィ」
「へ?」
「都会じゃ看板娘は首輪はめるのが流行ってるんですぜ」
「…そうなの?」

絶対、嘘だ。そう思ったが総悟くんがあまりにも大げさに「あんだけ流行ってんのに知らないなんて、これだから田舎もんは困るなァ」などと言うものだからなんだか不安になってくる。短い着物にニーハイを穿いている若者もいるのだから、アクセサリー感覚で首輪をはめる看板娘も普通なのかもしれない。疑いの眼差しを総悟くんに向けるが、彼の表情は変わらない。わたしはしぶしぶ、というより総悟くんがだんだんわたしの顔に首輪を近づけてきたので押し付けられるようにしてそれを受け取った。どこからどう見てもやっぱり首輪だ。青色の首輪、金色のとげとげ。わたしは相変わらず半信半疑のままだったが、その首輪を自分にはめた。かちり、ときっちりはまった音がする。途端、総悟くんがふき出した。

「え…?」
「何だいさっきから賑やかだね…ってちゃん!?何それ!?」
「え、え!?だ、だって看板娘は首輪をはめるのが流行ってるって」
「まーた沖田さん!この子に変なこと吹き込まないでおくれ!」
「ぶふっ、ほんっとバカでェ」
「や、やっぱり嘘なんですね!」

わたしは慌てて首輪を外そうと試みるがうまくいかない。騙されたこと、首輪をはめていること、笑っている奥さんと総悟くん。すべて総合し、とにかく恥ずかしくて仕方ないせいか思うように指先が動いてくれない。その後騒ぎを聞きつけて中から出てきたご主人にも盛大に笑われてしまったが、無事にご主人の手によって首輪は外れた。わたしは思い切りそれを総悟くんに突き返す。

「良いんですかィ、せっかくのプレゼントなのに」
「結構です!」
「案外似合ってやしたぜ?」
「結構です!」
「じゃ、そろそろ帰りますかねェ」
「またどうぞ!」
「ぶはっ」

んじゃまた来ますぜ、。総悟くんは420円ちょうどをわたしの手のひらに乗せてそのまま歩き出した。帰ったらちゃんと坂田さんたちに色々と教えてもらおう…正しいこと。…正しいこと、教えてもらえるかな…。疑心暗鬼になりながらも、少しずつ小さくなる総悟くんの背中を眺める。変な男の子。すると、急にその背中がくるっと振り向いて総悟くんの顔がわたしの方を向く。よく見えないけど相変わらずにやにやしているんだろう。何だろう、と思っていたら、ひらひらとわたしに向かって手が振られた。少し虚をつかれたような気がしたが、反射的にわたしも手を振りかえす。悪い子じゃないんだと思う、多分。


(「…面白い女でさァ」)



(20140415)