この町はわたしの知らない街だ。
神楽ちゃんは乙女は早く寝るネ!と言っていっつも早い時間に眠ってしまう。新八くんは晩御飯を食べて行く日もあれば食べずに帰る日もあって、今日は食べずに帰ってしまった。坂田さんは、お友達の長谷川さんと飲みに行っていて不在。わたしはお風呂から上がった後、そっと静かに万事屋の玄関を開けて外に出た。がらがら。少しだけ温かい風が吹いて、万事屋の空気を入れ替える。わたしは戸を開けたまま、木で出来た柵に手を乗せて景色を眺めた。かぶき町は昼夜問わず明るい街だ。遠くには青白く光るターミナルが見える。ターミナルのてっぺんからそのまま、真っ暗で所々光の粒が浮かんでいる空を見上げる。このまま上に上に飛んで行って、もう重力とか空気とかそんなの全部無視してこの世界が存在する宇宙をどかーんと抜けたら、わたしの世界がある宇宙に辿り着いたりしないだろうか。
やっぱりこの町はわたしの知らない街だ。なのに、わたしはこの知らない街に確実に存在している。知らない街なのに心地良いと感じているわたしが。帰りたくない、と思い始めているわたしが。紅茶に入れた角砂糖が底に沈んでゆるゆると溶けていくみたいに、わたしの元の世界に戻りたい、という気持ちが心の奥底に沈殿していく。そのまま柵に乗せていた手を下に伸ばすと、万事屋銀ちゃん、という看板にざらりと指が触れた。ちょうどそのとき、銀髪頭がふらふらとした足取りで歩いているのが目に入る。坂田さんだ。
「おかえりなさい、坂田さん」
「ん、ちゃあん」
何してんの、こんな夜中にィ。坂田さんの頬はうっすら桃色に染まっていて、足元がおぼつかない。相当飲んだのか、お酒に弱いのか。階段から落ちそうになる坂田さんの腕をわたしは慌てて掴んだ。
「ああああぶなっ、」
「おー積極的じゃないの」
「違います!」
ほら、しっかりして下さい。坂田さんの腕をわたしの肩に回す。銀さんはいつでもしっかりしてますぅー!坂田さんは大声を上げて主張するが残念ながら説得力皆無だ。玄関に座らせて戸を閉める。
「坂田さん、立てます?お水持ってきましょうか」
「…いや、大丈夫、ところで」
「はい?」
「お前、いつまで俺のこと名字で呼ぶ気なんだよ」
新八は名前で呼んでるじゃーん。銀さんさみしー。
「だって、坂田さん年上だし」
「んー」
「年上の男の人との接し方、とか、わかんないですから、わたし」
「ふーん」
ま、いっか。そう言って坂田さんはブーツを脱ぐ。みんな坂田さんのこと名前で呼んでるけど、もう名字で呼ぶのに慣れちゃったんだよなあ。坂田さんは相変わらずふらふらっと部屋の中へ入っていく。今なら大丈夫かもしれない。わたしが坂田さん、と呼ぶととろんとした目付きでわたしを見る。
「そろそろお布団で寝てもらえませんか」
そう。わたしが来たときから坂田さんはずっとソファで寝ている。坂田さんはわたしに遠慮して同じ部屋で寝ないようにしているようだけど、同じ部屋で布団を並べて寝るだけで意識してしまうほど子どもじゃないのだ、わたしは。ソファで寝ていたら、取れる疲れも取れないですよ。わたしが説得を試みる間、坂田さんは変わらずとろんとしていて、腰にさしていた木刀をソファに投げやった。やっぱりだめか。そう思った瞬間、坂田さんとわたしの距離が縮まる。へ、と変な声が出たかと思えば、次は坂田さんに手を引っ張られ和室に連れられた。和室には先程わたしが念のために敷いておいた二枚の布団。あれよあれよと言う間にわたしは布団に転がり、わたしの上には坂田さん。え、ちょ、ちょ、ちょっと。
「さっさっ、坂田さ」
「同じ部屋で寝るってこたァ、こうなるかもしれねーってことだろ?」
「いや、ちょ」
「年上の男の人、も、意外と狼だったりすんだよ」
真下から坂田さんを見上げるのは、当たり前だけど初めてで。こんな風に接近するのもわたしが坂田さんの上に落ちたときと、おぶってもらったときくらいで。うっすらと見えた坂田さんの瞳に心臓が跳ねる。
「、 」と坂田さんが耳元で囁いた言葉にえ、と頭を動かした瞬間、坂田さんの唇が耳に触れる。ちょっと、坂田さん!慌てて押し返すが坂田さんの身体はびくともしない。坂田さんの脚がわたしの太ももの間に割って入ってくる。かあああっ、と顔が熱くなり、必死に抵抗を続けるがいつの間にかわたしの手は坂田さんの手としっかり繋がっているし、頭を動かすと坂田さんの髪の毛がふわふわ当たってくすぐったい。どうしよう、まずい、このままじゃ、どうしよう、っていうかさっきのどういう意味?すう、すう。
「…ん?」
次に耳元で聞こえてきたのは、規則正しい坂田さんの寝息。それは次第に大きくなっていき、ぐうぐうといった鼾に変わっていく。坂田さんはお酒と、少し汗の匂いがした。こ、この状況で寝ますか…!いや、別に続けて欲しかったとかそういう意味ではなく!坂田さんの下から抜け出そうとするが、どうにも抜け出せそうにない。ばくばくばくばく、と勢い良く飛び跳ねていた心臓が少し落ち着き、坂田さんのとく、とく、といった鼓動がわたしの身体に伝わってくる。結果的には布団で寝てくれたからオッケーなんだけど。はあ、とわたしはため息をこぼした。相変わらず顔は熱いまま、頭の中で考えを巡らせる。
『、ごめんな』
宇宙を壊す音に似ている
どういう意味ですか、坂田さん。
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そして、朝。
「あー、頭いてェ…へ、」
「…おはようございます、坂田さん」
「は、へ?」
「覚えてませんか」
「おおおおお落ち着けととととりあえずタイムマシンをだな」
わたしは軽く坂田さんの頬をぺちんと叩いた。ちょっとだけ覚えて欲しかった、だなんて思ってない。
(20140411)