桃色の着物に茶色のポニーテール。彼女はわたしより年下なのに家である道場の復興のためにキャバクラで働いているという。わたしよりもずっと大人で、しっかりしている。尊敬の眼差しを彼女の後姿に向けていたら、彼女がくるりとわたしの方を振り返ったので少し驚いてしまった。が、すぐになんでもないように笑って彼女に近寄る。
「さん、こんなのどう?簪」
「簪かあ、これどうやって使えば良いの?」
「ほら、こうやって」
彼女は慣れた手つきでわたしの下ろしたまんまの髪の毛をさっと纏め上げ、簪をすうっと髪にさした。たった一本、それだけで髪の毛が纏まったことに感動して置いてあった鏡に自分の顔を映す。少し角度を変えれば、しゃらんと上品な音がなって小さな赤い花についた飾りが揺れる。似合うわ!という彼女に、大人の女性アル!と酢昆布を齧る神楽ちゃん。何だか恥ずかしくて、わたしは簪を外して元あった場所に戻した。ばらばらと、髪の毛が着物の上に散る。
「あら、気に入らなかった?」
「ううん、すっごく可愛かったんだけど」
お金、勿体ないかなあって。
「大丈夫よ、簪一本でぐちぐち文句言うようならわたしが股間蹴り上げてあげるから」
彼女はそう微笑んで再び簪を手に取りそのままレジへ向かった。彼女、お妙ちゃんの美しい微笑みに背筋が凍る。
お妙ちゃんは新八くんのお姉さんだ。今日神楽ちゃんと二人きりで買い物に出るのを心配したらしい新八くんが、お姉さんであるお妙ちゃんに相談したらしい。新八くんがわたしのことを一体どこまで話したのか、それはわたしには分からなかったけれど、お妙ちゃんは万事屋の玄関先でわたしの手を取って「女同士仲良くしましょ」と言って、色んなお店に連れて行ってくれた。わたしよりずっと大人だと思っても、やはりこうやって買い物に出ると年頃の女の子。下着や化粧品、生活用品など、最低限のものだけを揃えるつもりが簪まで購入してしまった。お妙ちゃんは店先ですぐに袋から出して、さっきと同じように簪でわたしの髪を纏めてくれた。
「やっぱり髪纏めてた方が似合うわ」
「…ありがとう、お妙ちゃん」
「…大丈夫よ、悪い天人はこの辺うろうろしていないから」
驚いたわたしの手を取ってお妙ちゃんは次は甘味屋よ!と言って歩き出す。それを真似した神楽ちゃんがキャッホウ!と飛び跳ねて、もう片方のわたしの手を握る。気付いてたんだ、わたしが天人のこと、怖がっていること。少しでも視界を狭めるために、髪を下していたこと。両手がじわっと熱を帯びていく。お妙ちゃんはわたしのことについて何も聞こうとしない。神楽ちゃんは万事屋を出てからぴったりとわたしの傍を離れようとしない。わたしの半歩先を歩く彼女たちはわたしがずっと思っているより、強くて優しい。俯きがちだった顔を上げて、彼女たちと並んだ、そのときだった。
「お妙さァァァん!奇遇ですね!!」
いきなりだった。急に顎髭をたくわえたガタイの良い男性が大声を上げながら見事なスライディングを決めてわたしたちの目の前に滑り込んできたものだから、わたしはひっ!と小さな悲鳴を上げて二人の手を握りしめた。心臓がばくばくなっている。誰、この人。するとお妙ちゃんがわたしの方を振り返り、にこりと微笑んだ。その微笑みは相変わらず美しかったけど、今まで見たものとはまた違い種類のもののようで。お妙ちゃんがすっとわたしの手を離し、空いた右手がすうっと冷たくなる。
「一つ言い忘れてたわ、悪い天人はそんなにいないけどこの辺悪いゴリラが生息してるのよ」
「えっゴ、ゴリ…?」
「相変わらず今日もお美しい!!お妙さァァへぶらっ!」
「うるせェェェ!ゴリラは大人しく動物園でバナナ食ってろォォォ!!」
あっという間に男性が道端の電柱に頭から突っ込む。理由は、お妙ちゃんの拳が火を噴いたからであって。電線にとまっていたカラスがかあかあ、と飛んでいく下で、わたしはぽかんと口を開けていた。隣で神楽ちゃんが「懲りないアルな、ストーカーゴリラ」と呟く。え、ストーカー!?というかゴリラ!?いろいろな疑問がぽんぽんと頭に浮かぶが、お妙ちゃんが手をぱんぱんと叩き「さ、行きましょうか」ともう一度わたしの手を握ったため、聞けないまま倒れている男性の横を通り過ぎる。だ、大丈夫なのか、男性の方をちらりと振り返る。
「あら、だめよさん目が穢れるわ」
「すっすみません…」
お妙ちゃんには逆らわない方が良いな、うん。わたしは冷や汗をかきながら深く心の中で決意した。
「ただいまアルー!」
「戻りました~」
「おー、意外と少ねーな買い物」
「あ、必要なものだけ買ってきたので」
「ふーん」
坂田さんはソファに寝転がって読んでいたジャンプからわたしたちの方に視線を向けた。わたしの頭を見てお、と立ち上がる。そうだ、簪も買っちゃったんだった。色々…ありすぎてうっかり忘れてた。
「すみません、坂田さん」
「え?何が?」
「簪、買っちゃいました」
「なんで謝るんだよ」
似合ってんじゃん。坂田さんはぽん、とわたしの頭に手を置いた。なんだか子ども扱いされているような気もするけど、そんなに悪い気はしなかったりするのだ。
余白ばかりの女の午後は
(20140328)