「いっやあああああ!?」
「へぶっ!」
状況が上手く飲み込めなかったわたしは、子猫だと思って触れていた男性の頭を反射的にぶん殴り、慌てて男性の上から飛びのいた。どきどきする心臓をなんとか落ち着かせようと、四つん這いのまま這って桜の木の後ろに移動し隠れる。落ち着け、落ち着けわたし、状況を整理しよう。子猫を助けるために木に登りました、落ちました、気が付いたら男の人に跨っていました。うん、最悪!というかあの人いつの間に木の下にいたんだろう、それに銀髪って、外国人…?
「ってェなオイ!」
日本人だ!しかも相当ご立腹してらっしゃる日本人だ!そうっと顔を覗かせて様子を伺うと、男性は立ち上がり、わたしが殴ったであろう箇所を手で押さえながら座り込んでいるわたしを見下ろしていた。日本人、みたいだけど、少し変わった格好をしている。視線を少しだけ下に下ろすと、腰には木刀。怪しすぎる。「怪しい」という言葉をそのまま人間にしたような人だ。逆光の中、男性と目が合いわたしははっとなって桜の木を見上げる。子猫の姿はない。わたしはおそるおそる、声を出した。
「あ、あの、わたしと一緒に猫落ちて来ませんでした、かね…」
「猫…」
「子猫なんですけど、」
「まあ、落ちたかっつーと落ちた、けど」
男性のあやふやな返答に少し疑問を抱きながらも、そうですか、と呟いた。よく知らないけど、猫って身体柔らかいからちょっとくらい高いところから落ちても綺麗に着地するみたいだし。きっとわたしがひとりあわあわしている間にどこかに行ってしまったんだろう。ため息をひとつ吐いて、わたしはすみませんでした、と男性に頭を下げた。木に手をついて、立ち上がると共に左足に激痛が走る。
「いっ…!」
「オイ、」
「だ、大丈夫です!家近いんで!」
男性が手を差し出すのを慌てて制止する。わたしの下敷きになった挙句思い切り頭グーパンチされたこの人には悪いけど、あまり関わらない方が良い!と脳が命令している。まあ家が近いのは本当だけど。男性は困ったように頬をぽりぽりと掻いていた。なんだかさっきの子猫に少し似ている。そう感じながらも、わたしは急いで木の根元付近に置いていた荷物を取っ…
「あ、あれ!?」
「あ?」
「こ、ここに置いてたバッグが…」
ない。まさか…わたしは黙ってじろりと男性を見た。わたしの視線の意味に気付いたらしい男性は、慌てて首を横に振る。
「いやいやいやいや、俺がここ来たときは何もなかったからね!?」
「…」
「ちょっ、マジでその目やめてくんない」
本日何度目か分からないため息をこぼす。ため息をつくと幸せが逃げると良く言うけれど、もしそれが本当ならたった一時間でわたしの数年分の幸せが逃げたことになるだろう。踏んだり蹴ったり、最低な一日だ。わたしはもう一度、男性に頭を下げ、男性が立っている場所とは逆方向に歩き出す。普通に歩くとどうしても左足が痛むので、ひょこひょこと、少し、いやかなり格好悪い歩き方で。バッグの中には財布と携帯の二つしか入れてなかったけど、この二つが同時になくなってしまったとなると一大事だ。もう、最悪。泣きそうになるのを堪え、わたしは空を仰いだ。綺麗な水色の空。大きな船。今日は良い天気だ。
「ええええええええ!!?」
「お姉さんんんんん!!?」
大声を上げてずるりと後ろにひっくり返ったわたしに、先ほどの男性が駆け寄る。さっきまで関わるな!と命令していた脳はすっかり混乱しまくりで、わたしは男性の着ていた着物をがっしりと掴んで口をぱくぱくさせた。小刻みに震える指で、空に浮かぶ大きな船を指差す。
「ゆっ、ゆゆ、ゆー、ふぉー!」
「え!?UFO!?」
「た、たくさ、ん…!」
木に登ったときに襲われた眩暈とは全く比べものにならないくらい目の前がぐるぐると回る。UFOどれ!?と少し興奮気味に空を見上げる男性の横顔を見た後、わたしは意識を手放した。
エラー・エラー
(20140328)