五条と遊園地
都内某所にある古い遊園地。休日は多くの人で賑わう場所であるが、人気のアトラクションでもある観覧車に乗ったカップル数組が頂上で呪霊に襲われるという事案が発生し、高専から術師として私が派遣された――のだが。
「なんで五条が来たの?」
「そりゃお前、被害者はカップルに限定されてんだから男女で乗らねえと意味ないだろ」
そんなことは言われなくても分かってる、と言い返そうとして私は口を噤んだ。
正面に座る五条はすこぶる機嫌が悪い。約十三分の空中散歩をご堪能ください、というアナウンスが流れたあと、狭いゴンドラの中がしん、と沈黙に包まれる。長い足を組み、ゆっくり下に流れていく景色を眺める彫刻のような五条の横顔を見て、私は静かにため息を落とした。不機嫌な理由は分からないが、こういうときは余計なことを言わずに黙っておくに限る。
五条と同じように窓の外へ視線を向ける。もしもに備え、園内点検と称して終日貸切にしてもらっている遊園地は帳のせいもあってかとても静かで寂しく感じた。
「……あのさ」
頂上から落ちることだけは避けたいなあ、と考えていたとき。ぼそりと五条が呟いて私は顔を正面に戻した。
「ん?」
「……あれだよ、あれ」
「だから何?」
「お前、傑のこと好きなのかよ」
珍しく歯切れの悪い五条に疑問を抱いていたら、想像もしていなかった質問が飛んできて思わず「はあ?」と声を上げる。五条は相変わらずこちらを見ようとしない。
好きってなんだ。ライクじゃなくてラブのやつか。
「え……別に、夏油に特別な感情は抱いてないけど」
「じゃあなんで今日の任務は傑とペアにしてくれって先生に頼んだんだよ」
そう問われ、先日の夜蛾先生との会話を思い出す。
今回の任務について説明を受けたあと、最初に五条から指摘された通り「被害者は交際中の男女二人組である」ことを前置きされたあと、五条か夏油どちらかを連れていくようにと言われて私は夏油を指名した。しかしそれに深い理由はなく、単純に観覧車に現れる呪霊を夏油が欲しがるかもしれないと思い気を利かせただけのことだ。だから、最初に五条に言った「なんで五条が来たの?」という言葉は、なぜ指名した夏油ではないのか、という意味も含まれていた。
とにかく、どうやら五条は私の夏油に対する純粋な善意が気に食わないらしい。
「私が好きとか嫌いとか、そういう私情を持ち込む人間に見える?」
「思わねえけど、こういうときは真っ先に俺を選べよ」
「なんで?」
そう聞いたら、五条は黙ってしまった。
もう少しで頂上だ。話の途中ではあるが、集中しようと息を吐いたとき、急に五条が立ち上がってゴンドラが大きく揺れた。びくりと身体が震えると同時に、長身の五条が頭をぶつけて「いって!」と叫ぶ。
「び、びっくりした」
「なんでって、そんなのお前……お前が俺以外の男を選ぶのが嫌だからに決まってんだろ!」
珍しく必死な様子で声を荒らげる五条に目を丸くする。何、なんなの、どうして今日の五条はこんなにも情緒不安定なの。
「急に大きな声出さないでよ、ただでさえ狭い場所で……てかなんで私が五条以外を選ぶのがだめなわけ?」
「お前のことが好きだからに決まってんだろ!分かれバカ!」
「すっ……」
好きってなんだ!? ライクじゃなくてラブのやつか!?
先程も抱いた疑問が頭の中でぐるぐると駆け巡る。「あー」と言いながら顔を押さえる五条の指の隙間から覗く白い肌がうっすら赤くなっているのが見えて、ぶわっと身体中の血が沸き立つような気がした。
ガタガタと微かにモーター音が聞こえる。五条の背後にある景色がどんどん上っていくのが見えて、私は「あ!?」と叫び立ち上がった。五条と同じく頭をぶつけてしまい、そのままへなへなと椅子に座り込む。
騒いでいる間に頂上に辿り着いたゴンドラは、そのままゆっくり地上へと下り始めている。呪霊は現れなかった。
「呪力も何も感じなかったんだけど……」
「そうだろうな」
そう言って座った五条に目を向ける。最初から現れないことが分かっていたような口振りに、私は眉をひそめた。
「被害者はカップル限定だっつっただろ。俺たちカップルじゃねえし、出てこねえだろ」
「じゃあ最初から私らじゃ無理だったんじゃん……」
「だから、今ここで俺らが付き合えば、次に頂上ついたとき出てくんじゃねえの」
その言葉に俯いていた私はハッと顔を上げた。五条の青い瞳がまっすぐこちらを見据えていて、見慣れているはずなのに先程の五条のカミングアウトもあってか心臓が飛び跳ねる。
「……と、とりあえず一回下りて、先生に相談、」
「却下。特級の俺も同行しといて『すみません祓えませんでした』はシャレになんねえから」
「や、だからって……」
「分かんない?」
今度はゆっくりと立ち上がった五条が、私の座っている椅子に手をついて迫るように身体を寄せる。超急展開、私は息を呑んで五条を見つめた。
先程の慌てっぷりはどこへやら。自信たっぷりな様子で、五条はにんまりと笑う。
「乗った時点で選択肢は一つしかねえんだよ」
互いの息がかかるほどの距離にある美しい顔に、はくはくと口は動くのに声が出てこない。この状況を打開できる策なんて、何も思いつかない。
ゆっくりと、私たちが乗るゴンドラは二週目に入ろうとしている。
(2025.04.20)