空を仰ぐと、真っ赤な夕焼け空が広がっている。明日も晴れるかもしれないと思うと、少しだけ安心した。なぜなら、雨の日は気圧の変化で古傷が痛みやすいと聞いたことがあったから。──こんな時まで不死川様のことを考えている自分が、少し嫌になる。

自分の気持ちを伝えることすら許されなかった。それでも涙は出ず、どこか冷静になっている自分がいる。

「今日は帰りますね」と一言伝えて、不死川様の御屋敷を後にした。帰り際、不死川様が何か言っていたかどうかは、正直覚えていない。

膝を抱えて土手の草むらに座り、川の流れをただぼんやりと眺める。これからどういう顔で不死川様に会えば良いんだろう。ぼうっとそんなことを考えていたら、


「うおーい、何地味に座り込んでんだよ」


聞き覚えのある声が聞こえて、座ったまま後ろを振り返る。声の主は遠目に見ても誰か分かるほどの巨躯で、私が黙ったまま顔を戻すと「無視かよ」という声が飛んできた。

足音が無遠慮に近付いてきて、「よっこらしょ」と私の隣に宇髄様が片膝を立てて座った。さすがに何も言わないのも失礼かと思い、「お久しぶりです」と呟く。覇気のない挨拶に、宇髄様は「辛気臭え~」と言いながら鼻で笑った。


「一応聞くけどよ、何落ち込んでんだよ」


宇髄様のことは未だに少し苦手だが、今の自分の気持ちを誰かに聞いてもらいたい。そう考えた私は、不死川様に想いを伝えようとしたものの叶わなかったことをぽつぽつと説明した。一通り話し終えた後、宇髄様の口から出た言葉は「へえ」という何とも素っ気ないものだった。


「…随分とあっさりしてるんですね」
「いや、驚いてるぜ?『コイツらまだ地味にぐずぐずしてたんだな』ってな」


悔しいが、ぐうの音も出ない。唇を噛んで堪えていると、宇髄様はため息をついて「ま、不死川も色々と思うところがあるんだろ」と漏らした。


「…痣の話なら、全て聞きました」
「…あっそ」


不死川様から直接聞いたわけではないが、痣の話は以前カナヲさんから聞いたことがある。だからこそ、たまに検診を受けに来てほしいと言っていた。

痣の話を聞いて、さすがに何も思わないわけがない。でもだからと言って、不死川様の傍から離れるなんてことは考えたこともなかった。

問いかけるわけでも、答えを求めるわけでもなく「どうしたら良いんだろう…」と呟く。すると、宇髄様から予想外の言葉をかけられた。


「じゃあとりあえず、俺の四人目の嫁になっとくか」
「…意味が分からないです」


呆れて立ち上がると、宇髄様も腰を上げる。改めて私との背丈の差を感じていたら、急に宇髄様の手が伸びてきて顎を掴まれた。半ば強制的に視線が合い、そのままぐいっと宇髄様の顔が近付いてきたので、慌てて彼の肩を押す。当たり前だがびくともしない。咄嗟に出た声は、驚きのあまり裏返っていた。


「ちょ、何するんですか」
「良いからちょっと大人しくしてろって」
「え、や」


わけも分からずぎゅっと目を閉じると、何も起きないまま宇髄様が息を吐いて笑った。私の顎を掴んでいた手がするりと離れたので、ゆっくり目を開ける。すると私の背後から伸びている傷だらけの手が、宇髄様の衿元を強く掴んでいた。驚いて振り向くと同時に、宇髄様が笑いながら「おいおい、物騒じゃねえの」と、もう一人の人物に語りかける。


「とっくに鬼殺隊は解散したってのに、まだそんな殺気出せたんだな」


目を見開いて明らかに憤っている様子の不死川様を、私は黙って見上げることしかできない。私が声を上げる前に、不死川様は舌打ちをして宇髄様の着物から手を離した。「せっかくの男前の着物を乱しやがって」とぶつぶつ呟く宇髄様は、着物の乱れを直すとわざとらしく大きなため息をついた。


「ったく…俺様に余計な気ィ遣わせんじゃねえよ、お前らはちゃんと本音で話し合え」


嫁が待ってるから帰ると言う宇髄様の背中を、私も不死川様も何も言えないまま見送る。…気を遣ってくれたんだ、あの宇髄様が。とりあえず、それは置いといて。

隣に立つ不死川様をそっと盗み見ると、ばっちりと目が合ってしまった。咄嗟に近くを流れる川に目を向ける。不死川様は、いつからここに来ていたのだろう。


「…あの、どうしてここに…」
「どうしてって…散歩に決まってんだろォ」
「そうですか」
「…暗くなる前に早く帰れェ」
「暗くなっても、もう鬼は出ませんよ」
「別に危ないのは鬼だけじゃねえだろ」
「それはそう、ですけど」


会話はちゃんとできているものの、あまりの気まずさに不死川様の方を向くことができない。その後、しばらく二人とも黙り込んでいたが、不死川様が小さく「悪かったなァ」と呟いた。


「ちゃんと、話聞かなくてよォ」
「いえ…はい」


素っ気ない態度を取ってしまい自己嫌悪に襲われた私は、勢いよく不死川様の方を振り向いた。私の急な動きに、不死川様は虚をつかれたようだった。

深呼吸をして顔を上げる。ちゃんと、本音で。


「私は不死川様のことが好きです」


震えていて、情けない声だった。それでも私は正直に全部、不死川様に伝えたい。


「痣のことも理解しています、全部承知の上です。真っ当な人と、なんて言われても、不死川様以外の方と一緒になるだなんて考えられません。だから、」
「……」
「私と一緒に、生きてはくれませんか」


不死川様の白い髪に夕陽があたり、きれいだと思った。真っ赤になっているであろう私の顔も、夕陽がうまく隠してくれていれば良い。そう願いながら、不死川様の答えを待つ。

伝えたいことは全部伝えることができた。結果がどうであれ、もう悔いはない。


「…その、不死川様って呼び方」
「えっ」
「もう止めろ、柱でも何でもねえんだからよォ」
「えっと、…不死川さん?」
「…冨岡のことは下の名前で呼んでんだろうがァ」


急に話が変わってしまったので戸惑いを隠せずにいると、不死川様は小さく息を吐いて、遠くを見つめるように川の向こう岸へと視線を向けた。

よく、あの世とこの世の間には川が流れていると聞く。彼が見つめる先には、一度だけ話してくれた彼の家族の姿があるのかもしれない。


「命を失うことは、別に惜しくない」


不死川様は、川の向こう岸を見つめたままだ。


「ただ、お前を遺して逝くと考えると」


その後の言葉が続くことはなかった。不死川様の横顔を眺めながら、そういえばこの人も普通の男の人だったのだ、と思う。そんな当たり前のことを忘れてしまうほど強くて、そして孤独な人だった。


「私は大丈夫です、こう見えてたくましいので…それに私、強情ですよ」


私の言葉に、不死川様は「そうだったなァ」とようやく笑った。そして、視線が重なる。


、一回しか言わねえからよく聞けェ」
「はい」
「必ず、幸せにするから」
「はい」
「一緒になるかァ、俺と」


胸がいっぱいで、一番肝心な時に言葉が出てこない。こくこくと何度も頷いていたら腕を引かれ、あっという間に不死川様の肩口に顔を埋める。私の頭を優しく撫でる手つきがとても優しくて、鼻の奥がツンとした。


「私も、必ず…ずっと、幸せにします」
「男前だなァ」


目を閉じると、二人で生きる未来が見えた。その未来を大事に守るように、目の前の愛しい人をそっと抱き締めた。


(章魚蘭/タコラン)