「えっ、まだ不死川さんに気持ち伝えてないの?」


カナヲさんの定期検診を終えた炭治郎くんが、上着を羽織りながら驚いたような声を上げた。私は行李から持参した薬草を取り出しながら、その質問に対し曖昧に返事をする。

しのぶ様が亡くなり、蝶屋敷はカナヲさんとアオイさんの家となった。私は鬼がいなくなった今も、お医者さんとなったカナヲさんへ薬草や薬を届け続けている。

私の様子に、カナヲさんが「炭治郎」と彼を少し咎めるように呼んだ。


「あ、ごめん、驚いただけで責めてるわけじゃなくて」
「うん、分かってる」
「てっきり、もうそういう関係かと…不死川さんの家には定期的に行ってるんだっけ?」


私はこくりと頷いた。不死川様は、炭治郎くんたちのように定期検診を受けていない。それでもやはり古傷が痛むことは稀にあるようで、私が半ば強引に御屋敷に通って薬を届けているのだ。ため息を零すと思ったより大きいものになってしまい、私は少し慌てた。

不死川様は相変わらず優しくて、以前よりは雰囲気も随分と柔らかくなった。それなのになぜか、私と不死川様の間には、何か埋められない距離のようなものがあるように感じてしまう。私が一方的に感じているだけかもしれないが、それが足枷となり、なかなか関係が進展しないままだった。


が今のままで良いなら俺は何も言わないけど…そうじゃないよね?」
「…うん」
「きっと不死川さんもと同じ気持ちだよ」
「ありがとう…二人こそ、仲が良いみたいで何よりだよ」


真っ赤になって慌てる二人の様子に、私は笑った。

不死川様の御屋敷までの道のりを歩きながら、炭治郎くんに言われたことを思い返す。不死川様も、私と同じ気持ち──。本当にそうなのかは分からないが、正直、私の気持ちはもう気付かれていると思う。その上で、私が感じている『埋められない距離』が生まれているならば…。そう考えるとどうしても怖くて、自分の気持ちを打ち明けることができない。


「結局、私って変わらないな…」


本日何度目か分からないため息。不死川様が生きてさえいてくれたらそれで良いと思っていたはずなのに。

不死川様の御屋敷が見えてきて、その入口に誰かが立っていることに気付く。少しずつ近付いていくと、すぐにその正体が判明し、同時に向こうも私に気付いたようだった。


「義勇さん」
、久しぶりだな」


元気か?と問う義勇さんに笑顔で頷いてみせる。義勇さんとは、今までこれと言った接点はなく『少し話しかけづらい柱の方』という印象だった。しかし、炭治郎くんと親しくしていたら自然と会った時に軽く会話を交わすようになり、ついには名前で呼び合うようにまでなった。

互いの近況について簡単に話した後、義勇さんは何やら風呂敷に包まれた荷物を軽く掲げた。


「不死川に会いに来たんだが、どうやら留守のようだ」
「え、そうですか?中見て来ましょうか?」
「いや良い、代わりにこれを渡しておいてくれ」


義勇さんは持っていた荷物を私に渡すと、すぐにその場を後にしようとした。そして、何かを思い出したようにくるりと振り返る。


「胡蝶の屋敷で痛み止めをもらったが、おかげで助かっている」
「あ、良かったです」
「ありがとう」


滅多に笑った顔を見たことがなかった義勇さんの笑顔と、彼の「胡蝶の屋敷」という言葉に、なぜか少しだけ泣きたくなってしまった。時が経ち変わったものもあれば、いつまでも変わらないものもある。義勇さんにとって蝶屋敷は、いつまでもしのぶ様の御屋敷なのだろう。

義勇さんと別れて不死川様の御屋敷に入ろうとしたが、「留守」という彼の言葉を思い出す。少し躊躇して、お庭の方に回ってみることにした。

そこには、縁側に座り腕を組んで動かない不死川様の姿があった。恐る恐る近付いてみると、微かに肩が上下している。どうやら眠っているようだと、ほっと胸を撫で下ろした。なるべく足音を立てないように動き、そっと不死川様の隣に腰掛ける。そういえば、未だに鬼殺隊時代の習慣が抜けずに、どうしても夜に目が覚めてしまうと話していた。だから、昼間に寝てしまう、とも。

伏せられた睫毛の長さに見惚れていたら、ゆっくりと目が開かれ視線がぶつかった。


「…近ェ」
「すっ!すみません…」


少し近付きすぎてしまったようで、不死川様の指摘を受けて慌てて距離をとる。不死川様は眠そうに欠伸をひとつすると、「茶、淹れるわァ」と立ち上がった。しかし、すぐに立ち止まる。


「それ…」


不死川様が指さしたのは、先程義勇さんから預かった荷物だった。


「あ、これ義勇さんからです。先程いらっしゃったみたいなんですけど、気付かれませんでした?」
「冨岡が?っつーかお前、」
「はい?」
「…いや、何でもねェ」


二人で部屋に入り義勇さんからの届け物を開けると、中にはぎっしりとおはぎが入っていた。隙間もなく詰められている小豆色に、二人で思わず笑ってしまう。何とか箸で取り出し、お茶と一緒にいただくことにした。


「これ、いつもの痛み止めです。あと、夜眠れるようなお茶を今度煎じてきましょうか」
「じゃあ、頼むわァ」


おはぎを食べ終えた後も、今日炭治郎くんと会ったことなどの雑談を交わす。不死川様は面白くもなんともない私の話を最後まで聞いてくれて、「炭治郎くんの鎹鴉は少々せっかちすぎる」という私の愚痴には笑みを浮かべていた。

こうして二人で会話していると、埋められない距離なんて私の気のせいだったのかもしれない、と思う。やっぱり、変わりたいと思うなら変わるよう自ら動かなければ。会話が途切れたところで、湯呑みを置いて膝の上で両手を握りしめた。


「あの、不死川様」
「何だァ?」
「ちょっとですね、お話がありまして…」
「あ?何だよ、改まって」


今、ずっと話してただろォ。不死川様はそう言うと、緊張している様子の私に気付いたのか、少し怪訝そうな顔をした。


「ずっと伝えたかったことがあって、」
「……」
「あの、もう多分、不死川様も気付かれてるとは思うのですが、やっぱりきちんと言葉にしたくて」
「……」
「私、不死川様のことが」



普段の柔らかい話し方とは違う、ぴしゃりと制するような声で私の名を呼んだ不死川様は、少し迷うように視線を彷徨わせた。どき、どき、どき、と心臓の音が早くなっていく。嫌な汗が一気に吹き出す感覚がして、どんどん顔が熱くなるのを感じた。

経験がなくたって分かる。これは、駄目なやつだ。


「…お前は、真っ当な奴と、真っ当に生きてけ」


優しいようで優しくないその言葉に、私の心は簡単に傷付いてしまう。同じ部屋にいるはずなのに、どうしてこんなに遠く感じるんだろう。私を真っ直ぐ見つめる不死川様の瞳が揺れているように見えるのは、どうしてなんだろう。

──やっぱり、『埋められない距離』は気のせいではなかったんだ。

そんなことを考えながら、私は黙って俯くことしかできなかった。


(翁草/オキナグサ)