その部屋を訪れた時、真っ先に目に飛び込んできたのは窓から注ぎ込む太陽の光と、舞い散る桜の花びらだった。まるで絵画のような美しさにぼうっと見惚れていたら、寝台に座る彼が私に気付いて「あっ」と声を上げた。
「!」
「炭治郎くん」
にっこりと笑い私を呼ぶ彼の姿に、ほっとして少しだけ心が和む。炭治郎くんの布団の上では善逸くんと伊之助くんが眠りに落ちていて、そばにいた炭治郎くんの妹の禰豆子ちゃんが私にぺこりと頭を下げた。彼女とこうしてきちんと会うのは初めてだ。私も軽く会釈し、微笑んだ。
炭治郎くんに座るよう勧められ、寝台の近くにあった椅子に腰掛ける。
「アオイさん達と一緒に心配してくれたって聞いたよ、ありがとう」
「ううん、私は…」
傷だらけな彼らの姿を見て、思わず言葉が詰まる。両手で着物をぎゅっと握り、俯いた。
「祈ることしかできなくて、ごめん」
ぽろりと零れ落ちた私のその言葉に一瞬だけその場の空気が静かになったが、すぐに伊之助くんの寝息が響き渡る。床ではらはらと踊る花びらを見つめていたら、炭治郎くんがくすくすと笑い出した。その笑い声に、私は顔を上げる。
「はもちろん、多くの人達の想いがあったからこそ成し遂げられたんだよ。俺達だけの力じゃない」
まっすぐな眼差しでそう答える炭治郎くん。隣では禰豆子ちゃんが柔らかく微笑んでいる。ふと、彼らの後ろに煉獄様やしのぶ様、そして他の隊士達の姿が見えたような気がした。
そうだ、私が今伝えるべきなのは、謝罪の言葉じゃない。
「…ありがとう」
そう言うと、二人は嬉しそうに頷いた。鬼を倒してくれて、みんなの願いを果たしてくれて、そして生きていてくれて、ありがとう。
明日には家に帰るという彼らに手紙を書くと告げて立ち上がると、炭治郎くんが「不死川さんには会えた?」と問いかけてきた。その名前に思わず心臓が跳ねるが、炭治郎くんは私の顔を見てわくわくしているような表情を浮かべている。もう一度椅子に腰掛け、溜息をつきながら首を横に振った。
「一度お見舞いに行った時は眠ってて…その後は私もばたばたしてたから」
戦いの後、眠っている不死川様を見て涙が止まらなかった。ぼろぼろになった彼の姿を見ているだけでとても苦しかったし、それでも生きて戻ってきてくれたことに対し心の底から安堵した。頻繁に顔を出そうと思っていたのだが、本業の方が忙しくなってしまい、不死川様に会うことが出来ないまま今日まで来てしまった。
「そうか…今日は御館様のところに行ってるみたいだよ」
早く会えるといいね。そう言う炭治郎くんに、私は微笑んだ。少し前に蝶屋敷での静養を終えられて、もう自身の御屋敷に戻られたと聞いている。不死川様に会ったら、まず何を話そうか。
あまり長居しすぎるのも申し訳ないと思い、私は部屋を後にした。廊下を進んでいたらすぐに炭治郎くんたちの部屋から賑やかな声が聞こえてきて、くすりと笑みを零したその時。
「父上、こちらです!」
正面から男の子の声が聞こえて、私は顔を上げた。ぱたぱたと廊下をかける男の子と、その男の子に腕を引かれるようにして歩く男性。私の横を通り過ぎていく彼らの姿にはっとして振り返った。
「煉獄、様?」
私の小さな声は拾われることはなく、二人が炭治郎くんのいる部屋に入っていくと、より一層賑やかになった。しばらくその場に立ち尽くし、部屋から聞こえてくる笑い声に耳をすませる。何となく、あの写真の中で並んだ二人の笑い声が聞こえてくるようだった。
「──どうか、お元気で」
父の分まで、どうか長く生きて欲しい。勝手にそう願うことは迷惑だろうか。私の呟きは誰にも届くことなく、静かに消えていった。
外へ出ると、風で飛んできた桜の花びらが光の中を何度も舞い上がっていた。そんな景色を眺めながら、ふとこれからのことを考える。
尊い犠牲のもと、全てが終わった。そして今度は、それぞれの新しい日常が始まろうとしている。その新しい日常は、みんなが命を懸けて掴み取ったものだ。そのことを決して忘れてはならない、と思う。そして、これから始まる日常を無駄にしないことこそが、命を落としていった人達への供養になるのかもしれない。
歩きながら、この後どうしようかと思案する。街を回ることも考えたが、やはり今は何よりも先に、
「」
あの人に会いたい、と願うと同時に背後から声が聞こえた。その声は私が今まさに望んでいたもので、ゆっくりと振り返る。思い起こせば、いつもこうだった。いつも、いつでも、彼は私のそばにいてくれた。
「不死川様」
その名前を口にした途端、視界が霞んで涙が溢れた。他の人の前では滅多に泣かないのに、不死川様の前では泣いてばかりだ。
「すぐ泣くなァ、お前は」
「そう、ですね、でも」
許してください。泣きながら消え入るような声でそう呟くと、不死川様は私に歩み寄り、指でそっと涙を拭った。その温もりに、さらに鼻の奥がツンとする。
──生きている。そのことを実感しただけで、わたしの涙はばかみたいに止まらなくなってしまった。
(玉緒/タマノオ)