「わざわざありがとう、炭治郎くんによろしく伝えて」
炭治郎くんの鎹鴉、松右衛門が空へ飛び立つのを手を振って見送る。煉獄様が亡くなられた後、一度だけ炭治郎くんと会う機会があった。その時は相当気落ちしていたようだったが、先程届いた手紙によると、今は前を向いて別の任務に当たっているようだ。
もう一度、もらった手紙に目を落とす。他にも、『伊之助くんや善逸くんも元気であること』『また私と会える日を楽しみにしていること』、そして最後に『風柱とのことで失礼なことを言って申し訳なかった』といった旨が記されていた。そこまで読んで急に恥ずかしくなった私は、手紙を顔に押し当てる。
あの日。不死川様が私を抱き締めてくださった日。あれから、ふとした瞬間にその時の記憶が鮮明に蘇ってきて、いてもたってもいられなくなる。
「──仕事、しよう」
炭治郎くんからの手紙を仕舞い、今朝採集し仕分けしておいた薬草を陰干しする準備を始める。淡々とした作業を繰り返していれば、この雑念も消えるだろう。
祖父が残した薬に関する帳面を眺めながら、父はどうして祖父と同じ道を歩まずに鬼殺隊に入ったのだろう、と考えた。いつだったか、鬼殺隊の方々は身内が鬼に殺された人が多いと聞いたことがある。
──不死川様は、どういう理由で鬼殺隊に入ったのだろう。
そこまで考えて、今度は手紙ではなく帳面を顔に押し当てた。深く息を吸い、はあぁああ、と大きなため息を零しながら、へなへなとしゃがみ込む。
「だめだ、考えちゃう…」
何をしていてもすぐ不死川様のことを考えてしまって、調子が狂う。あの日、不死川様が私を抱きしめたのは、私が我慢できずに泣いてしまったからだ。ただ慰めようとしてああなっただけであって、何も特別な理由なんてないはず。そう思っても、あの時の不死川様の温もりや息遣いが頭から離れない。
深い意味はないのに何度も繰り返し思い出すなんて、いつから厭らしい人間になったんだ、私。
そして不死川様のことを思い出す時は、必ず炭治郎くんの言葉も合わせて思い出す。
「は風柱のこと、好きだよな?」
好きか嫌いかと聞かれれば、好きだ。不死川様は命の恩人であり、最初は仲が良いとは言えなかったけど、今では良く気にかけていただいていると思う。
しかし、私が今考えている「好き」が、「一人の男性として好き」ということなのかがよく分からない。私は炭治郎くんのことも好きだし、煉獄様のことも好きだ。それは、不死川様に対する「好き」と似ているような気もするし、違うような気もする。
恋愛経験もなければ、相談する相手もいない私にとって、こんなに自分の感情が分からないのは初めてで、正直戸惑っていた。甘露寺様に相談しようと何度か手紙を書いたが、いつも書いている途中で挫折した。そもそも、柱でもありお忙しい甘露寺様にわざわざこんなことを聞くのは迷惑だろう。
ふと、隣の部屋の仏壇が目に入る。立ち上がり、仏壇の前に正座して深呼吸を繰り返した。椿は季節外れで咲いていないため、代わりに白い菊の花を飾っている。
仮に祖父や父が生きていたとしても、今のこの悩みを相談することはないだろうな。そう思って苦笑する。
「鬼は、俺が皆殺しにする」
あの時、不死川様はそう言った。「死なないでください」という私のお願いに頷くことはせず、それが彼らしいと何度も思った。
そして、不死川様なら必ずやり遂げてくれるだろうと信じることができた。自分の気持ちは置いておき、心から信じることができる相手がいるというのは素晴らしいことだと思う。私は仏壇に手を合わせ、目を閉じた。
「どうか、見守っていてくださいね」
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それから数か月、私は普段通りの日常を送っていた。しのぶ様の鎹鴉が慌てて我が家に飛んでくるまでは。
「す、すごい人…」
一週間前に訪れた時は静かだった蝶屋敷が、今は大量の隊士達で溢れかえっている。屋敷内の騒然としている様子に圧倒され入口で呆然と立ち尽くしていたら、目の前を小走りでアオイさんが通り過ぎたので、咄嗟に呼び止めた。
「アオイさん!」
アオイさんは私の声に気付くことなく通り過ぎたかと思ったが、しばらく進んだところで立ち止まり勢いよくこちらを振り返った。
「さん!失礼しました!」
「いえ…あっ、手伝いますよ!」
彼女が両手に抱えていた大量の手拭いを半分受け取り、並んで歩く。盗み見たアオイさんの額にはうっすら汗が滲んでいて、髪も少し乱れている様子から大変な状況であることが窺えた。
「しのぶ様から手紙をいただいて…何でも、大量の薬草が欲しいと」
「そうなんです。見ての通り、うちは大勢の怪我人で大混雑していて…」
すたすたと早歩きで進むアオイさんは、廊下に座り込む隊士達にぶつからないよう器用に避けている。私は途中何度も躓きそうになりながら、彼女の隣を歩いた。
「あの…何かあったのですか?こんなにたくさんの方々が怪我されて…もしかして鬼の仕業ですか?」
「いえ、実は──」
私はアオイさんの言葉に首を傾げた。
「柱、稽古?」
(彗星蘭/オドントグロッサム)