煉獄様の訃報を聞いたのは、彼の死から2週間ほど経った後だった。

蝶屋敷の皆さんは、淡々と業務をこなしていた。私に煉獄様のことを教えてくれたしのぶ様も、少し辛そうにはしていたものの、いつも通り怪我人の手当てをしたりと忙しそうだった。

そうだ。ここでは、これが日常なんだった。

空になった行李を背負い、蝶屋敷を後にする。鬼に襲われた際に被害を受けた畑も、大分復活してきていた。すぐには無理でも、こうやって少しずつ日常に戻っていくのが普通なのだ。

一歩一歩、前に進む二つの足をぼんやりと眺めるも、どこか視点が定まらない。つい忘れてしまいそうになるが、鬼殺隊の方々は皆、命を懸けて戦っている。誰かが命を落としたとしても、残された者たちは使命を全うするまで、悲しみに暮れて立ち止まる訳にはいかないのだ。


「よォ」


前方から声が聞こえたので、はっとして顔を上げた。久しぶりにお会いする不死川様の姿に、以前炭治郎くんに言われた「は風柱のこと、好きだよな?」という言葉が蘇ってくる。しかしそれと同時に、煉獄様の最期の瞬間、炭治郎くんがそばにいたという事実が頭に浮かび、少しだけ息苦しくなった。


「お久しぶりです、不死川様」


うまく笑えていなかったのだろう。不死川様は私を見て、少しだけ顔を顰める。また無理して笑うなと怒られるだろうか。そう思ったが、不死川様は何を思ったのか、「少し歩くかァ」と言って、私の前を歩き始めた。

しばらくの間、二人縦に並び、黙って歩いた。不死川様の背中の「殺」の字を眺めながら、日々どんな思いで鬼と戦っているんだろう、と考える。その時、不死川様がくるりと振り返ったので、咄嗟に彼の背中から目を逸らした。


「…刀」
「え?」
「刀について、何か分かったのかァ?」


一瞬、何のことだろうと思ったが、すぐに家にある刀のことだと気付いた。そう言えば、最初にあの刀を日輪刀ではないかと言ってくれたのは、不死川様だった。あの言葉がなければ、私は何も知らないままだっただろう。私は不死川様の隣に並び、刀のこと、そして父が鬼殺隊であったことを説明した。


「家から写真が出てきまして…それに、隊服を着た私の父と煉獄様の、」


そこまで言って急にぴたりと立ち止まった私に、不死川様も歩みを止める。ふと頭に浮かんだのは、あの日、最後に煉獄様に言われた言葉。


「任務から戻ったら、一緒に飯でも行こう!」


煉獄様は戻ってこなかった。明日も明後日も、ずっと笑顔で会えると思っていた。約束通り、一緒に食事にも行けると思っていた。そんな日常が、当たり前に続くものだとー。

顔をあげると、不死川様は黙ったまま、どこか怒りと憎しみを覆い隠すような表情をしていた。

今、こうして私の目の前に立っている不死川様も、いつ命を落とすか分からない。もしかしたら、今日でお会いするのは最後になるかもしれない。分かっていたようで分かっていなかった事実に気付き、私はぞっとした。

私には、何も出来ない。でも、失いたくない。失うのが怖い。


「…


不死川様が私の名前を呼んだ。名前を呼ばれるのは久しぶりで、その声を聞いた瞬間に涙がこぼれ落ちた。次々と溢れ出てくる涙を、私は手のひらで拭う。

悲しい。煉獄様が亡くなってしまったことが。自分には何も出来ないことが。目の前のこの人が、いなくなってしまうかもしれないことが。

こんな道の真ん中で急に泣いたら、きっと不死川様も困るだろう。そう思うが、なかなか涙を止めることができない。


「…し、死なないで、ください」


涙のせいで視界がぼやけ、不死川様がどんな顔をしているか分からない。命を懸けている人に死なないでと言うのは、どうなんだろう。

もう一度涙を拭おうと右手をあげた時、その手を掴まれて引っぱられたと思ったら、何かにぶつかった。すぐに、不死川様に抱き締められていると気付いて困惑したものの、私の肩から背中にかけて不死川様の腕がしっかり回されていて、簡単には身動きがとれない。私の耳元に不死川様の口があるのか、呼吸の音が間近で聞こえてきて心臓が飛び跳ねた。

どれくらいそうしていただろうか。涙も止まって少し落ち着いた時、恐る恐る声をかける。


「不死川様」
「……」
「もう、涙も止まりました…急に泣いてしまってすみません、ありがとうございます」
「……」
「あの、誰かに見られたらまた良からぬ噂が…」


何を言っても反応してもらえず、両手で不死川様の体を押すと、あっさりと腕の力が緩められ、すんなりと離れることができた。私と不死川様の間を吹き抜ける風が火照った体を冷やしてくれる。


「鬼は、俺が皆殺しにする」


不死川様は私を真っ直ぐ見つめ、短くそう言った。うまく言えないが、その力強い言葉に、ぐらぐら揺れていた私の心がぴたりと落ち着く感じがした。

私には何も出来ないと思ったが、一つだけ出来ることがあった。きっと煉獄様も、私と同じ気持ちだと思う。


「…信じます、不死川様」


(花韮/ハナニラ)