ぱたぱた、という軽い足音が聞こえてきて目を覚ました。いつもとは違う天井、見覚えのない和室をぼんやりと眺めながら、昨夜のことを思い出す。
ここは恐らく蝶屋敷だろう。不死川様に背負ってもらったことを思い出し、込み上げてくる恥ずかしさに耐えきれず両手で顔を覆う。ちゃんとお礼も言えなかったし、何より布団におろされる時ですら熟睡していたのか。のろのろと起き上がった時、ゆっくりと襖が開いた。
「さん!起きて大丈夫ですか?」
「きよちゃん!」
ひょこっと顔を覗かせた彼女は、私の姿を見てぱあっと笑うと、嬉しそうに私の傍に座った。
「迷惑かけてごめんね」
「そんな!とんでもないです、みんなさんが無事で喜んでますよ」
「ありがとう」
首の怪我は大したものではなかったが、念の為しのぶ様が診てくれるとのことで、私はきよちゃんと一緒にしのぶ様のいる診察室へと向かった。
途中、すれ違った数名の隊士の方々が私を見るなり廊下の端に避けて、さっと目を伏せたのに私は首を傾げた。通り過ぎた後そっと振り返ると、コソコソと小声で何やら話し合っているかと思えば、私と目が合った途端、慌てて逃げるように去って行ってしまった。今までに経験したことのないことだったので、少々気味悪さを感じる。目の前を歩くきよちゃんに話してみようかと思ったと同時に、診察室に到着した。
「新しい薬を塗って、包帯も取り替えましょう」
「何から何まですみません、しのぶ様」
「いえ、…さんが生きていてくれて、本当に良かった」
そう言って、しのぶ様が慣れた手つきで私の首に処置を施す様子をじっと眺める。「はい、できました」と言われて首に触れると、昨夜自分で巻いたよりも綺麗に包帯が巻かれていた。まだ傷は痛むが、これくらいで済んで本当に良かった、と改めてほっとする。
「ありがとうございます…あ、あの、しのぶ様」
「どうしました?」
「お伺いしたいことがあって…日輪刀?のことで」
「日輪刀、ですか?」
首を傾げる彼女に、私は昨夜のことを話した。家にずっと飾ってあった刀について、それを見た不死川様から日輪刀ではないかと言われたことについて。しのぶ様は口元に手を当てて、ふんふんと私の話を聞いた後、しばらく考えてこう切り出した。
「直接その刀を見ていないので何とも言えませんが…不死川さんの言う通りその刀が日輪刀なら、さんの身内に鬼殺隊の隊士がいた、と考えるのが無難でしょう」
「やはりそうですよね…祖父は違いますし、ご先祖様かもしれないですね」
「さんのお父様はどうですか?」
「…父?」
しのぶ様の言葉に私は目を丸くした。父の記憶があまりないせいで、父ではないかという選択肢が浮かんでこなかった。祖父曰く、仕事中の事故で亡くなったらしい父。その姿が朧げに頭の中に現れる。
そういえば、仕事中の事故とは、一体何だったのか。
「よろしければ、日輪刀の刀鍛冶に聞いてみましょうか」
「えっ」
「刀鍛冶たちの長に刀を見てもらえば、誰が誰に打った刀なのか、分かるかもしれません」
しのぶ様の言葉に、私は少し考えて首を横に振った。
「ありがとうございます、でも、まずは自分で調べてみます」
「そうですか、分かりました」
「もし何も分からなければ、お願いするかもしれません」
「もちろん、その時は気軽に声掛けてくださいね」
しのぶ様には無理をしないでも良いと言われたが、今日のなるべく早い時間には家に帰ることを告げた。正直言うと帰ることに抵抗はあるが、家の中もだいぶ荒れてしまったし、何より畑が心配だった。しのぶ様から、私の家がある場所は不死川様の警備担当地区にあたるらしく、もう心配は無用だと言われたのもあって帰る勇気が湧いたというのもあるが。
不死川様。昨夜ああは言っていたけど、やはりきちんとお礼がしたい。そう考えていたら、突如しのぶ様が笑ったので私は彼女を見つめた。
「しのぶ様?」
「すみません、…実は昨夜、不死川さんがさんを背負っているところを一部の隊士が目撃したようで…さん、今鬼殺隊内でちょっとした有名人なんですよ?あの不死川さんが自ら女を運んできた、不死川さんの好い人じゃないか、って」
「…え!?」
思わず立ち上がり、落ち着きなく慌てる私にしのぶ様はくすくすと笑い続けた。ここに来るまでの隊士の方々の反応が頭に浮かぶ。しのぶ様のおっしゃることが事実なら、あの変な反応も納得だ。力なく再度椅子に腰掛け、私は長いため息をついた。
「さすがに不死川様に申し訳ないです…私みたいな、ただの一般人を運んだばかりに…」
「あら、不死川さんは気にしてないと思いますよ?第一、隠が来るのを待つこともできたはずなのに、それをしなかったのは不死川さんですから」
そう言いながら、包帯や薬を箱にしまうしのぶ様。「そうでしょうか…」と自分の足元に視線を落とし呟く。気にされてなければ良いのだが、こればかりは本人に聞いてみないと分からない。
「さん」
「はい?」
「遠慮せず、いつでも私達を頼ってくださいね」
にこりと笑う彼女に、私も微笑んだ。
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しのぶはが出ていった戸を見つめながら、先ほどの、そして昨夜の不死川両名の言葉を思い出す。
「私みたいな、ただの一般人を運んだばかりに…」
「…なるべく、傷が残らないようにしてやってくれェ」
あの不死川が、まさかあんなことを言うなんて。
「ただの一般人…ではなさそうですよ?さん」
一人ぽつりと呟いた言葉は、誰の耳に届くこともなく静かに消えていった。
(紫丁香花/ライラック)