「それ、日輪刀じゃねぇのかァ?」
「え?」


首の傷の応急処置を終えた時、不死川様が私の傍に落ちていた刀を顎でさしてそう尋ねた。ひとしきり泣いて赤くなった目で刀に視線を落とし、重みのあるそれを手に取る。ずっと床の間に存在していたが、すでに家の中の風景と化していた刀。


「にち…何でしょう」
「日輪刀、鬼殺の刀だァ」


少しだけ鞘から抜いてみると、鋭く光る刃が現れる。明るいところで見てみないとちゃんと分からないが、そっと顔を近づけてみると僅かに刃こぼれした箇所から少し錆びているのが見えた。

なぜ、鬼殺の刀が家にあるのだろう。

考えてみたものの思いつくことは特になく、私は刃を鞘に収めて元の場所に戻した。今はまだ、うまく頭が回らない。そんな私に、不死川様が「胡蝶のところに行くぞ」と声をかけた。


「しのぶ様のところ、ですか?」
「…いくら何でもここで一晩過ごせねぇだろ」


その言葉に、先程馬乗りになって襲ってきた鬼の恐ろしい顔を思い出して息を呑む。黙ってこくこくと頷く私に、不死川様は背中を向けてしゃがみ込んだ。その行為が何を意味するのか理解するのに、そんなに時間はかからなかった。反射的に、後ろに一歩下がる。


「いえっ、自分で歩けますので!」
「嘘つけ、さっきからフラフラしやがってよォ」
「でも、しのぶ様のお屋敷まで距離もありますし」
「だからだろーが、ちんたら歩かれたらたまったもんじゃねェ」
「でも、あの…その…」


ごにょごにょと喋る私に、不死川様が姿勢を崩さず視線だけこちらに向ける。空気が少しだけピリッと締まるのを感じた。


「何なら肩に担いでいってもいいんだぜェ…」

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「重くはありませんか?」
「重くねェ」


観念した私は不死川様に背負われて、月夜の下を進んでいく。強風は一時的なものだったのか、今はほとんど風は吹いていない。不死川様の背中から感じる温もりと規則的な揺れに心地良さを感じると同時に、迷惑をかけて申し訳ない気持ちと怒っていないだろうかという不安な気持ち、そして緊張による心地悪さも感じていた。

沈黙に耐えきれず、口を開く。


「不死川様は…」


鬼が怖くないのですか?そう聞こうとして、止めた。彼がどういう経緯で鬼殺隊に入ったのか知らないし、中途半端な覚悟であったら柱にまでなっていないだろう。そんな人に、鬼が怖いかどうか聞くなんて、失礼な気がした。

少し考えて、そういえば、と思い立つ。


「…私の名前、ご存知だったんですね」
「あ?」


私の質問にピタリと立ち止まった不死川様が首だけ動かしてこちらを向いたので、至近距離でぱちりと目が合った。いかにも知ってて当然だろうという顔をしていたので、少し驚く。


「そりゃ、知ってんだろォ」
「そ、そうですか?というかいつも睨まれていたので嫌われているかと…あ、嫌ってたらすみません」
「…別に、」


正面に顔を戻して再度歩き始めた不死川様が、小さい声で「嫌ってねェ」と呟くのを聞いて、私は耳を疑った。ずっと嫌われていると思っていたから、嫌ってないとの言葉が想像以上に嬉しくて、ぎゅっと目を閉じる。今、不死川様から私の顔は見えないけれど、顔がにやけてしまうのがばれないように私は話を続けた。


「このお礼は必ずいたしますので」
「礼なんていらねェ」
「さすがにそれは…私の気が収まりません」
「ったく、強情な女だぜェ」


はぁ、と不死川様の口からため息が零れる。以前だったら、そのため息一つにびくびくしていただろうが、思っている以上に浮かれているのだろう。特に何も感じなかった。


「…昔、俺が柱になる前」
「…?」
「お前から、止血剤を渡されたことがある」


一瞬だけ、もう名前は呼んでいただけないのかとがっかりしたが、すぐに頭の中で不死川様に止血剤を渡したという過去の記憶を辿ってみる。

不死川様に直接止血剤を渡した記憶はないが、昔祖父と商売をしていた時、蝶屋敷を訪れた隊士達に止血剤を配りまくってたことはある。曖昧にしか覚えていないが、その時は蝶屋敷の皆さんも多忙で、カナエ様やしのぶ様が『軽傷の怪我ならば自分で処置できるように』と考えてのことだった、と思う。それに当時は、カナエ様目当てで大した怪我でもないのに蝶屋敷を訪れる隊士が多かったのだ。

恐らくその時、不死川様にも止血剤を渡したのだろう。


「今日のは、その時の礼だ」
「…十分すぎます」


私は不死川様の首に回す腕に少しだけ力を込めた。

今日、私が鬼に襲われて不死川様に助けていただかなければ、明日も明後日もきっと私は不死川様のことが苦手だっただろう。だからと言って鬼に感謝する気持ちには到底なれないが、本当のことを知ることができて良かったとは思う。

いつの間にか緊張もほぐれ、瞼が重くなってきた。蝶屋敷に着くまでは起きていたい、という気持ちに反して、睡魔に引きずられ頭がかくんと揺れた。


「…寝てろ」
「…いえ、大丈夫です…」
「お前なァ」
「名前、」
「あ?」
「名前、また呼んでくださいね…」


大丈夫とは言ったものの、やはり睡魔には勝てず瞼を閉じる。近くで、それでいてどこか遠いところで小さく「…」と呼ばれるのを聞いて、私は意識を手放した。


(花菖蒲/ハナショウブ)