「ここの餡蜜、すっごく美味しいの!遠慮しないでたくさん食べてね!」
ニコニコと幸せそうな笑みを浮かべる甘露寺様とは対照的に、引き攣った笑みを浮かべている私。そして目の前に並べられた大量の餡蜜。
事の発端は、数時間前ー。
いつも通り蝶屋敷への納品を終え、昼食を済ませてから街へ向かおうと屋敷を出て歩いていた時だった。
「あっ!ちゃん、ちゃーん!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえ振り向くと、鮮やかな桃色・緑色の髪を持つ甘露寺様がぶんぶんと手を振ってこちらに走り寄ってきた。
「甘露寺さ、まっ!」
「久しぶり~!元気だった?会えて嬉しいよ~!」
勢いよくぎゅうっと抱きしめられ、甘露寺様の胸が顔に当たり思わず赤面する。苦しそうにしている私に気付いたのか、甘露寺様は慌てて離れた。
「ご、ごめんね!苦しかったよね!」
「い、いえ、大丈夫です…お元気そうで何よりです」
「ちゃんも!しのぶちゃんから元気とは聞いてたけど、なかなか会う機会もなかったものね」
もう一度、「会えて嬉しい!」と微笑む可愛らしい彼女に私も笑みが溢れた。甘露寺様は、私が知っている柱の方々の中で一番人懐っこいお方だ。
しばらく立ち話をしていたが、甘露寺様も今から食事に出かける途中だったようで、昼食を共にすることになった。
そして、目の前に餡蜜が並んでいるというわけだ。
甘露寺様はいつも昼食は甘味なのだろうか…?と疑問を抱いたが、いつまでも食べないのは失礼だと思い、きらきら光る寒天と餡を一緒に口に運んだ。程よい甘さが口の中に広がる。美味しいです、と頷くと、すでに四皿目に手をつけていた甘露寺様は嬉しそうに笑った。
「でしょ?この上品な甘さが癖になるのよね~!」
「こちらには良く来られるのですか?」
「うん!前は一人でよく来てたんだけど、最近は…伊黒さんと一緒に来ることが多い、かな?」
伊黒様。お会いしたことはないが、お名前だけは聞いたことがある。甘露寺様と同様、柱の方だ。その方も甘味がお好きなのだろうか。ふと、甘露寺様の頬が赤く染まっていることに気付き、その表情に餡蜜を食べる手が止まった。
「…甘露寺様は、伊黒様と恋仲なのですか?」
「なっ…!何を言うの、ちゃん!恋仲なんてそんな…!」
「違いましたか!?し、失礼しました」
「あ…で、でも、私は伊黒さん好きよ?とても優しくて」
まあでも伊黒さんは皆に優しいのよ!と言いながら汗をかく甘露寺様の姿に、私も何故か恥ずかしくなり慌てて餡蜜を頬張る。そうか、甘露寺様は伊黒様のことが好きなのか。しばらくの間、お互いもくもくと餡蜜を食べる手を進めていたが、突如、ふふっと笑う声が聞こえて顔を上げた。
「普段、女の子同士でこういう話すること滅多にないから、恥ずかしくなっちゃった」
「そうですよね、変なこと聞いて申し訳ないです…」
「ちゃんは、想い人とかいないのかしら?」
気になる人、いるわよね!一人くらい!そう言いながら、赤い顔を両手で押さえてはしゃぐ甘露寺様。私は瞬きを繰り返し、苦笑いしながら首を横に振った。
「恥ずかしながら…そういう方は一人も」
「そ、そうなの?」
「好きな方がいるというのは…恋というのは、良いものですか?」
私のその問いかけに甘露寺様は一瞬だけきょとんとして、すぐににこりと微笑んだ。
「その人がいてくれるだけで幸せな気持ちになれるんだもの、とっても良いものよ」
甘露寺様と別れ街での商売を終えた後、私は夕焼け空のもと家路についていた。無事に仕事を終えた安心感からか、のんびり歩きながら昼間の甘露寺様のことを思い返す。
その人がいてくれるだけで幸せな気持ちになれるー。
『恋』などとは無縁な生活を送っている私でも、いつかは大切な人ができて、家庭を築いたりするんだろうか。祖父と祖母、そして父と母のように。でも、まずそういう人と知り合う機会がない。街でのお客さんといったら、ほとんどが高齢の方ばかりだし、かと言って鬼殺隊の皆さんは…。
「オイ」
「ひっ…!」
急に背後から肩を強めに叩かれ、驚いた私は変な声を上げ飛び上がった。胸を押さえながら振り向くと、不死川様がばつの悪そうな顔で立っていたので、さらに仰天した。全く、気配を感じなかった。
「ししっ、不死川様」
「お前ェ…」
「は、はい、あ、先日はぶつかってしまい申し訳ございませんでした…!」
勢いに任せて謝るも、不死川様は覚えていないのか複雑そうな表情をしており、私は私で蝶屋敷から離れた場所でお会いするのは初めてだったため、混乱していた。今から任務だろうか。無理矢理笑ってみたものの、気まずい沈黙が流れる。不死川様が口を開いた。
「…お前、家は」
「家、ですか?ここから東へ少し歩いたところにありますが…」
「東だとォ?」
私の言葉に不死川様が舌打ちしたので、思わず肩がすくむ。しばらく何かを考えていたようだったが、ぶっきらぼうに「暗くなる前にさっさと帰れェ」とだけ言うと、私が返事する前に去っていってしまった。
一体何だったんだろう。歩き出してすぐ、あっ、と声を上げた。
「先日、お怪我をされたのか聞けばよかった…」
私は小さくため息をこぼした。
(西洋躑躅/アザレア)