『蛇に睨まれた蛙』とは、まさにこのこと。


「あ、あの…」


しばらく経って、ようやく声を出すことができた。ぶつかった私の腕を何も言わずに掴んでいた不死川様だったが、ぱっと手を離すと、


「…気をつけろォ」


とだけ言って去っていった。慌てて謝罪し頭を下げたが、彼が見ていたかどうかは分からない。不死川様の姿が見えなくなって、私は大きなため息をついた。

しのぶ様以外の柱の方々は、お会いしたことない方もいるが、好意的な態度で気さくに接してくださる方もいた。しかし不死川様はそのどちらでもなく、お会いした時にいつも睨まれてしまうので、恐らく嫌われているのだと思う。そもそも私の立場的に、向こうから何かしら接触がなければ親しくなる機会はないのだが。

再びため息が口からこぼれ落ちた時、後ろから一羽の鴉が飛んできて私の肩にとまった。それと同時に空気が震えるほどの大きな声で名前を呼ばれたので、びくりと肩が跳ね上がった。


「要が慌てて飛んで行ったかと思ったら、だったか!」
「煉獄様!ご無沙汰しております」


溌剌とした声に、太陽のような明るい笑顔。振り向いた先に立っていた煉獄様の姿に、思わず顔が綻びる。私は肩にとまる鎹鴉の要さんの頭を優しく撫でた。


「要さんも、お久しぶり」
「今日も薬を届けに来たのか?随分と大荷物のようだが」
「これは見た目は大きいですけど、そこまで重くはないのです」


軽くぴょんぴょんと跳ねてみせると、煉獄様は「そうか!」と言ってにこりと微笑んだ。要さんが飛び立ち、今度は煉獄様の肩にとまる。

煉獄様は、祖父が健在の頃から私のことを気にかけてくれていて、しのぶ様同様身分の高い方ではあるが、密かに兄のような存在だと思っていた。それにしても、一日に三名もの柱の方と会うことは滅多にないので、なんだか新鮮だ。

しのぶ様に用があるという煉獄様と別れ、街へ商売しに行くか、と思った時、屋敷を訪れた際に聞こえてきた情けない絶叫を思い出して私は病室へと向かった。

先程とは打って変わって静かな病室の入口から顔を覗かせると、寝台に座ってしくしく泣く少年とそれを取り囲む少年達の姿が見えた。


「どうしたの?」


そう声をかけると、少年達が一斉にこちらを向く。


!来てたのか!」
「おいチビ女!食いもん寄越せ!」
「うわぁあ~ん~!薬が苦すぎるよ~何とかしてくれよ~!」


反応は三者三様。私は何から答えるべきか、思案しながら彼らに近付く。

この三名、炭治郎くん、伊之助くん、善逸くんとは先週この蝶屋敷で知り合ったばかりだったが、年齢も近いこともありすぐに親しくなった。皆、先日の任務で大怪我をしたらしく、しばらくは任務に出ずここで治療・訓練を受けるようだ。今の状況を聞くと、善逸くんがあまりにも薬を飲みたがらないので、アオイさんからお灸を据えられたらしい。「雷の呼吸の使い手が雷を落とされたんだね」と言うと、全然面白くないとさらに泣かれてしまった。


「でも薬はちゃんと飲まないと…そうだ」


私は懐を探り、袋に入った金平糖を取り出した。昨日街で薬を売ったおじいさんからいただいたものだ。


「息を止めて薬を飲みきったあと、これ食べてみなよ。口の中に残る苦味が中和されるかもしれないし」
「食いもん持ってんじゃねーか!」
「あっ」


ばっと手が伸びてきたかと思ったら、取り出した金平糖はあっという間に伊之助くんに奪われ、彼の口の中へと消えていった。得意気な顔でガリガリと金平糖を噛み砕く伊之助くんに、その場の空気が固まる。私が喋り出す前に、炭治郎くんと善逸くんの悲鳴が重なった。


「伊之助!何やってるんだ!」
「嫌ァーーー!!せっかく頑張って薬飲もうっていう気持ちになってたのにさァ!」
「うるっせェ!早いもん勝ちだ!」


今にも取っ組み合いを始めそうな伊之助くんと善逸くんに、それを何とか止めようとしながら私に謝る炭治郎くん。この子達は本当に大怪我を負っているのだろうか、と疑ってしまうほど元気に見える。


「せっかくの金平糖…ごめんな、伊之助が食べちゃって」
「ううん、私はいいんだけど」
「次からはもっと腹の足しになるようなもん持ってくるんだな!」
「なんでお前が偉そうなんだよ!」


大声で騒ぎ立てる彼らを微笑ましいと思う反面、今ここにはいないアオイさんの気苦労を察して少し心配になる。今度、アオイさんに何か手土産でも持ってこようか。

そう考えたところで、ふと、彼らの奥にある窓の外で動くものが見えて目を向ける。見えたのは、不死川様が屋敷の外へ出ていく姿だった。先程ぶつかったことを思い出して背筋が冷えるのを感じる。

でも、ここに来られてたということは、お怪我をされたのだろうか。

賑やかな声を聞きながら、不死川様の姿が見えなくなるまでぼんやりと外を眺めていた。


(要黐/カナメモチ)