私の祖父は、仏壇に椿の花を供える人だった。花そのものがぼとりと落ちる様から、斬首を連想させる不吉な花をなぜ供えるのか、聞いたことがある。
「確かに縁起が悪く思えるかもしれないが、椿は冬の厳しい寒さに負けずに咲く生命力がある、強い花なんだ」
「ふーん」
「そして何より」
婆さんが好きな花だったからな。縁起云々より、故人を偲ぶ気持ちが大事だ。祖父はそう言うと、目尻に皺を寄せて笑った。大切な人を想うその横顔が、とても印象的だったのを今でも覚えている。
そんな祖父が亡くなって一年が経とうとしていた。今年も我が家の仏壇には椿が供えられている。
「では、今日も行ってまいります」
仏壇に手を合わせ笑顔でそう呟き、私は行李を背負って家を出た。
幼い頃から、祖父と二人で育てた薬草を使った薬売りをしていた。母は私を産んですぐに亡くなり、父も私が物心つく前に仕事中の事故で亡くなったと聞いている。両親の記憶はあまりないが、祖父に大事に育ててもらったので、寂しい思いはあまりせずに済んだと思う。そして祖父が亡くなった後も、こうやって一人で商売を続けながら何とか生活できていた。
基本は街に出て飲用や食用、浴用に乾燥させた薬草を売り歩いている。巷ではどんな病気にも効く万能薬、というものも出てきているようだが、まだまだ薬草の需要は高かった。
そして、祖父が生きている頃からご贔屓にしてくださってる方々がいる。
「ごめんくださーい」
門をくぐると、庭先でひらひらと舞う蝶が私を出迎えてくれた。この光景が、とても美しくていつも癒やされている。戸を開けて声をかけると、ぱたぱたと忙しい足音が聞こえてきて現れた彼女に私は微笑んだ。
「アオイさん、今日も忙しそうですね」
「さんこそ!いつも朝早くからありがとうございます。こちらへどうぞ!」
余計なことは喋らず踵を返す彼女の後を、草履を脱いで慌てて追う。病室の近くを通る際、薬が苦過ぎて飲めない嫌だ誰か助けてという駄々をこねる大声が聞こえてきたと同時に、目の前を歩く彼女が殺気立つのが分かった。
「相変わらずですね」
「全く…困ったものです、何度も何度も説明しているのに!」
「あはは…」
苛立ちを隠さないアオイさんに思わず苦笑いがこぼれる。目当ての部屋に辿り着くと、アオイさんが戸を開けてくれた。
「しのぶ様、さんがいらっしゃいました」
部屋では屋敷の主である胡蝶しのぶ様が、自分の背丈ほどある薬棚を整理している最中だった。アオイさんは私達にお辞儀した後、きびきびと廊下の向こうへ去っていく。
私は行李を背からおろし、彼女に挨拶した。
「おはようございます、しのぶ様。ご依頼いただいてた品、お持ちしました」
「ありがとうございます、さん」
この蝶屋敷には、既に薬に調製したものだけでなく、摘みたての薬草そのものを納品することが多かった。それはしのぶ様自身が薬を調合するためで、そのために頻繁に朝早くから訪れることが多く、しのぶ様は私の一番のお得意様と言っても過言ではない。
取り出した薬草や薬について一通り説明をした後、しのぶ様にすすめられ椅子に腰掛けた。
「さんには、お祖父様が亡くなられた後も休むことなく薬を届けていただいてて…本当に感謝しています」
「いえ、とんでもないです!と言うか、こんな形でしかお役に立てませんから」
手を振りながらそう答えると、しのぶ様は優しく微笑んだ。いつもニコニコと微笑む彼女の端正な顔立ちに、同性とはいえドキドキしてしまう。そんな美しい彼女が鬼殺隊の柱なのだから、驚きだ。
鬼殺隊については、祖父から概要を聞いていた。古くから存在する、人喰い鬼を討伐する政府非公認の組織。御伽噺のようだが、実際に毎夜隊士の方々が命を懸けて鬼と戦っているのだから、頭が下がる。
しのぶ様と少し会話した後、私は部屋を出た。数名の隊士が目の前を通り過ぎていくのを見て、なんだか不思議な感情が湧いてくる。
以前から、隊服を着た人を見ると懐かしい気持ちになった。祖父に連れられて小さい頃から蝶屋敷に出入りし隊士の方々を見ていたからなのか、彼らが持つ刀と似たものが家の床の間に飾ってあるからなのか、理由は分からない。
「何なんだろう…」
ひとりごちながらぼんやり歩いていたためか、廊下の角を曲がった途端、何かにぶつかる。
「う、わ…」
行李の重さもあり後ろに倒れそうになったが、二の腕をがしっと力強く掴まれ何とか転ばずに済んだ。しかしほっとしたのも束の間、私の腕を掴む手の先を辿っていき、現れた人物に私はぎょっとした。
「し、不死川様…」
名前を呼ぶと、ギロリと鋭い目付きで睨まれ体がすくむ。私の一番苦手な方が、私の腕を掴んで、黙って見下ろしていた。
(十薬/ドクダミ)