時透無一郎との出会いは、最悪なものだった。


「君さ、呼吸合ってないんじゃないの?」


任務を終え、隠の方々が忙しなく後処理に追われる中、急に髪の長い少年がスタスタと目の前にやってきて何の挨拶もなくそう言ってのけたので、私は思わずぎょっとした。っていうか、誰?


「せっかくの機会を何度か棒に振ってたみたいだったから」
「えっと…」
「このままだといつか死ぬよ、君」


その言葉に、かあっと顔が赤くなるのを感じた。なんで見ず知らずのやつに、分かったようなこと言われなきゃなんないの。当の本人は、言うだけ言ってくるりと振り返り、私から離れていく。あわてて呼び止めると、思っているよりも大きな声が出た。


「ちょっと、待ちなさいよ!急に、何言って」
「別に、思ったことを言っただけだけど」
「…あ、あんたねえ…!」
「だーっ!ちょ、落ち着けって」


生意気な謎の少年に食いつこうとする私を、後ろからやってきた同期が慌てて止めに入る。他の隊士や隠の方々が、何事だろうとこちらの様子を伺っているのが分かった。怒りからか恥ずかしさからか、小刻みに震える私の肩を同期が宥めるようにぽんぽんと叩く。少年は一瞥を投げると、平然とした顔でその場から立ち去ってしまった。姿が見えなくなったところで、同期がはあ、と大袈裟にため息をつく。


お前、柱に喧嘩売んなよなあ…寿命が縮むところだったぞ」
「…え、柱!?」
「そうだよ、霞柱の時透様だよ…って、まさか知らなかったの?」
「名前は知ってるけど…普段柱と会う機会なんてないし…ってか、喧嘩売ってきたのはどちらかといえばあっちの方だし」


ブツブツと呟きながら、私は腰に差した自分の刀を見つめて握りしめた。呼吸が、合ってない。頭の中でぐるぐると回るその言葉を打ち消すように、私は強く首を振った。

顔を上げると、山間から朝日が昇るのが見えた。この光景を見るたびに、ああ、今日も無事に生きのびた、とホッとする。明日、この朝日を見ることができるかどうかは分からない。同時に、隣に立つ同期が生きているかも分からない。

毎日、鬼を倒して生き残ること、もっと強くなることだけを考えよう。柱とは言え、あんな失礼なやつのこと、考えるだけ時間の無駄だ。

そう思っていたのに。

頭上にぽっかりと浮かぶ月に照らされている私は、ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら、近くにあった木を背にずるりと座り込んだ。心臓の鼓動が早い。やっとのことで鬼を倒したばかりだが、まだ他の鬼の気配を感じる。腕からの出血はそこまで酷くないし、大丈夫、まだ戦える。なのに、呼吸が追いつかない。

頭に浮かんだのは、霞柱に初めて会った日に言われたことだ。


「君さ、呼吸合ってないんじゃないの?」


そう言われる前から、私は分かっていた。私には今の呼吸は合っていない。初めて会ったくせに、私が一人で真剣に悩んでいたことをすんなり指摘され、腹が立ったし、泣きたくなった。そして、あんな失礼なやつのことを考えるだけ時間の無駄だと思っていたのに、戦ってる最中や任務が無事完了した後、それ以外のふとした瞬間にあの日のことが頭に浮かんでくるのが癪だった。現に、今も思い出している。

なんとか息を整えて立ち上がった時、ザッと茂みが揺れる音がして反射的に刀を構える。汗が頬から顎に流れ地面に落ちた瞬間、茂みの向こうから霞柱が現れて脱力した。向こうも私に気付いたらしく、あぁ、と声を出した。


「君か」
「な、なぜここに…」
「なぜって、鴉に言われて来ただけだけど」


ちなみにもう鬼はいないよ。全部斬った。私の構えている刀を見て、涼しい顔でそう言う霞柱は汗一つかいていない。私が刀をおろして再び座り込むと、霞柱は私の目の前までやってきて、表情を変えることなくじっと私を見下ろした。なんだか、悔しくて恥ずかしい。ふいっと顔を背ける。


「…どうせ、弱いと思ってるんでしょう」


気がついたら喋り始めていた。


「私みたいな弱いやつが鬼殺隊だなんて、恥ずかしいって思ってるんでしょう…」


そう言うと、だんだん悲しくなり涙が次々と溢れてきた。ぽたぽたと拭うことなく涙を流す私の様子を霞柱はしばらく黙って見ていたようだが、私の腕の出血に気付いたのか、しゃがみこんで白い布を取り出し、ぐるぐると巻き始めた。


「別に、弱いなんて思ってないけど、君のこと」
「だって、初めて会った時…このままだといつか死ぬって」
「うん、呼吸が合ってなかったから」


才はあるのに勿体ないと思っただけ。思ってもみなかった言葉に顔を上げると、至近距離に霞柱の顔があったので驚いた。そして、私が何か喋り出す前にさらにその顔が近づいてきたと思ったら、私の頬を伝う涙を舐め取られたものだからさらに仰天した。


「んなっ…!」


びっくりしすぎて後頭部を木に打ち付けた私を、霞柱は表情を変えることなく見つめ続ける。私も視線を逸らすことができず、舐められた頬を手で抑えたまま目を丸くして見つめ返した。


「な、な、何を…」
「なんか美味しそうだったから」
「は、はあ!?」
「君、泣き顔可愛いと思ったけど、驚いてる顔も可愛いんだね」


ぱくぱくと口を開くが、返す言葉が出てこない。何を、言ってるんだ、この人は。あまりの衝撃に涙もすっかり止まり、今になって打ち付けた後頭部がじんじんと痛み出す。霞柱は立ち上がると、土がついたのだろうか、隊服をぱんぱんと叩いた。


「君、名前は?」
「え、あ、…」
、今度特別に稽古つけてあげるよ」


そうすれば、が今悩んでることも少しずつ解決していくんじゃないの?

そう言って初めて私の前で微笑んだ霞柱は、何事も無かったかのようにその場を立ち去ってしまった。

夜が明けるまでまだしばらくあるらしい。呆然とその場に座り込む私を、変わらず月が照らし出していた。