どんな人間にも、死は平等にやってくる。しかし、それは私たちに時と場所を選ばせてはくれない。

本日の任地へ向かうため、一人夕焼けに向かって歩く。ふと横に視線をやると、川辺にぽつぽつと彼岸花が咲いているのが小さく見えた。

彼岸花から死を連想してしまうのは、血のような鮮やかな緋色の花弁のせいか、球根に毒があるせいか。はたまた彼岸の時期に咲く花であるためか。

鬼殺隊に入って一年が経った。この一年で多くの仲間を失ったが、幸い私はまだ生きており、今日も昨日と同じように鬼狩りへ向かっている。

今日は、今日こそは、私に死が訪れるかもしれない。

そう考えて全身がぞわりと粟立つのを感じたと同時に、何者かに背中を少々強く叩かれたので悲鳴を上げて驚いた。慌てて振り返ると、私の背を叩いた張本人の方が驚いた顔をしていた。


「煉獄様」


いつの間に背後にいたのだろうか。名前を呼ぶと、炎柱・煉獄様が眩しい笑顔を私に向けた。


「すまない、驚かせてしまったようだな!」


私はとんでもない、と首を振って微笑んだ。驚いたのは事実だが。以前任務でご一緒して以来、煉獄様は何かと私のことを気にかけてくれている。話を聞くと煉獄様も任務へ向かう道中だったらしく、途中までともに歩くこととなった。


「ところで、の後ろ姿が落ち込んでいるように見えたんだが…俺の気のせいだろうか」


そう言う煉獄様を見ると、私の方を見ることなく真っ直ぐ前を見つめていた。勘が鋭い、と言うべきか。視線を前に戻してしばらく考えた後、口を開いた。


「煉獄様はいつも任務へ向かう時、今日死ぬかもしれないと…考えたりしますか?」


そよそよと涼しい風が吹いて、ふわりと金木犀の香りが届いた。この香りを嗅ぐと、秋の訪れを実感する。

私の問いかけに煉獄様は答えることなく、暫し沈黙が流れた。ざわざわと木々達が揺れる音と、二人分の足音だけが聞こえる。…我らが鬼殺隊の柱である煉獄様に、なんて馬鹿なことを聞いてしまったんだろう。私はなんだか恥ずかしくなってしまい、慌てて自嘲的に笑ってみせた。


「変なことを言いました、忘れてください」
!」


煉獄様が大声で私の名前を呼び立ち止まったので、驚いた私も煉獄様の一歩前で歩みを止めた。弱気であるとお叱りを受けるだろうか。振り向くと、煉獄様の焔色の髪が夕陽を浴びてより一層輝いており、思わず見惚れてしまった。


「死に囚われてはいけない」


真っ直ぐと私を見つめる大きな瞳から目を逸らすことができない。見つめあったまま、煉獄様は話を続ける。


「俺も君も、いつかは必ず死ぬ。だからこそ、どう生きるかが大事ではないだろうか」
「どう、生きるか」
「俺は成すべきことを成してから死にたいと思う。後世の者達が鬼に怯えることなく、自由に生きることができる世を作りたい」


煉獄様はそう言って少し間を置いた後、にこっと笑って腕を組んだ。


「しかし、これは俺の持論だ!にはの考えがあってもいいと思うぞ」


先程まで冷たかった心が、体の芯が、少しずつ熱くなるのを感じた。

ふと、今この瞬間の全てを、私は忘れないだろうなと思った。夕陽で橙色に輝く全てが、これから命を懸けた戦いに行くことを忘れてしまいそうになるほど、美しい光景だった。なぜだか涙がこぼれ落ちそうになるのを誤魔化すように、私は笑う。


「煉獄様らしいです」
「褒め言葉として受け取っておこう!」
「…煉獄様のお言葉に勇気をもらいました。これからきっと、夕焼けを見る度に煉獄様のことを思い出すと思います」


言い終わった後に、恥ずかしいことを言ってしまった、と後悔した。煉獄様も先程の表情とは打って変わって、驚いたような、何かを堪えているような、よく分からない顔をしている。私が喋り出す前に、煉獄様は一歩歩み寄ると私の肩にそっと触れた。


、君は誰に対してもそうなのだろうか」


隊服の上からでも分かるほど、肩に触れられた手が熱い。どういう意味か分からず言葉の真意を探るように煉獄様の顔を見上げると、困ったように微笑む煉獄様とぱちりと視線がぶつかった。気恥ずかしくなり目を逸らすと、地面に私と煉獄様の影が長く細く伸びているのが目に入った。


「誰に対しても、先程のような恥ずかしいことを言っている訳ではないのですが、す、すみません」
「謝ることはない!」
「煉獄様こそ、誰に対しても優しく平等で、尊敬しております」
「…誰に対しても、ではないな」
「そうですか?」


煉獄様の手が離れたかと思ったら、そのまま頬をするりと撫でられた。武骨ですっかり硬くなってしまった指先が私の頬の上を滑り、耳たぶに触れる。予想もしなかったことに呼吸するのを忘れてしまい、顔中に熱が集まったところで、煉獄様の端正なお顔がぐっと近づいてきたので慌てて息を吸った。耳元に唇を寄せられ、思わず目を閉じる。


「俺が鬼殺隊の中で下の名前で呼ぶのは、君だけだ」


これが何を意味しているか、理解してもらえるとありがたい。

こんな小さな声で話すことが出来たのか、と思わず感心してしまうほどの囁き声でそう呟いた煉獄様は、そのまま私の頭をわしゃわしゃと少々乱暴に撫で回した。ひゃっ、と小さく声を上げる。


「れ、煉獄様っ」
「少々話しすぎたようだな!急いで任務に向かうとしよう!」


煩わしく揺れる前髪の間から煉獄様を見ると、とても優しい笑みを私に向けていた。この微笑みは、私だけに向けられた特別なものなのだろうか。

落ち着く気配のない心臓の音を聞きながら、やはり今日のことは、一生忘れることはないだろうと改めて思うのであった。