「ったく、突っ立ってねェでさっさと入りやがれェ」


頭の上からそんな声が聞こえて、おずおずと顔を上げた。


「…あの、でも…」
「…面倒くせェなァ」
「お、おじゃまします」


これ以上不死川様の期限を損ねるわけにもいかないので、私は大人しくお言葉に甘えて御屋敷の中に入れてもらった。不死川様はそわそわしている私を大して気にする様子もなく、開いた戸を閉めた。

二度と開かないような気がした戸は簡単に開いてしまったし、さっさと帰れと言われた私はまた不死川様のお屋敷にいる。

正座する私の目の前で、不死川様はあぐらをかいて頬杖をつき、相変わらず不機嫌そうに強く降り出した雨を見つめていた。一緒に、雨が止むのを待ってくださるのだろうか。膝の上でぎゅっとこぶしを強く握る。きっと、今しかない。


「不死川様」


そう呼ぶと、不死川様は姿勢を崩さずに外を眺めたまま、


「何だァ」


と返事をしてくれた。そのまま畳に手をついて頭を下げると、二人きりの部屋の空気が揺らいだ気がした。


「先日助けていただいた際、失礼なことを申し上げてしまい…大変申し訳ございませんでした」
「覚えてねェっつったろーが」
「…もし本当にそうだとしても、謝りたいのです」


あの日、不死川様は私を救ってくれた。私だけではない。兄も救ってくれたのだ。もし、あのまま兄が父や母だけでなく私をも殺していたら。もし、今も鬼として生き続けていたら。

真面目で誠実だった兄。あの時斬られたことで、きっと苦しみから解放されたのだと思いたい。

なぜ兄が鬼になってしまったのか、どうして一夜にして家族全員を失ったのが私だったのか。正直、今でも悔しいし辛い。絶対に忘れられない。でもその怒りや悲しみを背負って、私はこれからも生きていかなければならない。不死川様に謝罪することは、そのための第一歩なのだと思う。


「別に、気にしてねェ」
「え…」


顔を上げると、いつの間にか不死川様がこちらに視線を向けていて、私は思わず姿勢を正した。


「お前がどう思おうが、俺の知ったこっちゃねェ」
「はい」
「お前にとっては大事な兄貴でも俺にとってはただの鬼だった、俺はいつも通り鬼を斬った、それだけだァ」


この世の鬼は、全員俺が殺す。不死川様は低い声でそう言うと、また外に視線を戻して黙り込んでしまった。その横顔をぼんやりと眺める。

この方は、私以上に、辛いだろうな。体中傷だらけになっても鬼を斬り続ける。きっと私には想像もつかないような苦悩があって、日々それを乗り越えながら生きているんだろうな。いつだったか胡蝶様が、鬼殺隊には大事な人を鬼に殺された隊士が多いと言っていた。不死川様も、鬼によって大事な方を亡くされたりしたのだろうか。どんな怒りや悲しみを背負っているのだろうか。

気がつけば頬を涙が伝い、止まらなくなって鼻をすすった。次から次にこぼれてくる涙を慌てて両手で拭う。


「何いきなり泣いてんだァ、ったく」
「すっすみませ…」


ため息をついた不死川様が立ち上がり、私のすぐ目の前に屈んだかと思うとそのまま私の顔を自身の服でごしごし擦りだした。力が強く、痛い。


「うぅ…」
「いつまでもめそめそしてんじゃねェ」


目を閉じると、小さい頃の兄との記憶が浮かんできた。泣き虫だった私を、いつも慰めてくれていた兄。


「にっ、にいさまぁ」
は泣き虫だなぁ、いつまでもめそめそしてたらいけないよ」

僕も父様も母様も、いつだっての味方だからね。



「…不死川様」
「あァ?」
「ありがとう、ございます」


そう言って微笑むと、不死川様は舌打ちをして擦る手を止めてくれた。少しだけ耳が赤くなっているように見えたが、気のせいだろうか。