どれくらい経っただろうか。最初は遠くから小さく聞こえていた雷の音が少し大きくなり、私はハッとして不死川様の御屋敷を出た。閉じられた戸は、もうどう足掻いても二度と開かないような気がした。

あんな酷いことを言ったのだから、当然だ。私は拒絶されたんだ。その事実が肩に重くのしかかり、しばらく門の前で動けずにいたが、このままここにいるわけにもいかない。これ以上、不死川様に不快な思いをさせてはならない。のろのろと歩き出した時、ふと前方から誰かがこちらにやってくる気配を感じて顔をあげた。


「君は…確か胡蝶の屋敷で会ったな!といったか!」
「あ…炎柱の、」


一目見たら忘れられない髪色、炎の柄の羽織、ハキハキとした快活な声に強い目力。炎柱の煉獄様が私の目の前までやってきて、ニコッと微笑んだ。私も微笑んだが、うまくは笑えていなかっただろう。


「そんな変な顔をしてどうした!」
「変…い、いえ、なんでもありません」
「不死川に何か用でも?」


どきっとした。なぜ分かったのだろうかと思ったが、不死川様の御屋敷の前で立ち尽くしていたのだからそう考えて当然だ。私は目の前で両手を振りながら違います、と小さく呟いた。


「今から胡蝶様の御屋敷に帰るところです」
「そうか?しかしこの様子だと、胡蝶のところに着くまでに雨に降られてしまうぞ」


煉獄様の言う通り、まだ昼間だというのに辺りは薄暗くなってきている。二人してどんよりとした空を見上げていたら、頬にぽつりと雨粒が当たって跳ねた。ぽつぽつと、雨粒が次々落ちてくる。ややあって煉獄様がうむ!と大声で頷いたので、私は小さく驚いた。いつお会いしても、お元気な方だ。


「恐らく通り雨だ、すぐ止むだろう!しばらく不死川の所で雨宿りさせてもらうといい」


そう言ってスタスタと私の目の前を横切り、不死川様の御屋敷に入っていく煉獄様の羽織を慌てて引っ張る。が、さすが柱と言うべきか、私のひ弱な力ではびくともしない。


「れ、煉獄様!お気遣いは無用です!走ればすぐ帰れますので…!」
「しかし雨に濡れてしまっては、冷えて風邪を引いてしまうぞ!体は大事にしないとな!」
「いえ、あのその…不死川様はお留守だと思います!」
「ふむ…訪ねてみなければ分からないだろう!」
「煉獄様…!」
「さっきから人ん家の前でギャーギャーうるせェなァ」


戸が開いて、先程より不機嫌そうな不死川様が顔を出す。煉獄様は在宅か!よかった!と言って喜んでいるが、気まずい私はこそっと煉獄様の背中に隠れた。しかし雨に濡れないようにと気遣ってくださったのか、煉獄様がバサッと広げてくれた羽織の中に入れられたせいで、嫌でも不死川様の視界に入ることになる。また現れた私の姿に、不死川様が眉を顰めたのが分かっていたたまれない気持ちでいっぱいになった。


「急に雨が降ってきてな!彼女をしばらく雨宿りさせてやってくれないか」
「あァ?なんで俺が…」
「君達は知り合いだろう!不死川、先日の柱合会議で胡蝶にの様子を尋ねていたな!」
「…え?」


不死川様は煉獄様をギロッと睨んで、盛大に舌打ちをした。不死川様が、私の様子を、胡蝶様に尋ねていた?ふと、診察の時の胡蝶様との会話を思い出す。


「きっと私のことなんて…覚えてらっしゃらないでしょうけど」
「あら、そんなことはありませんよ?この間だってー」



とん、と優しく背中を押されて、不死川様のすぐ目の前に立つ。振り向くと煉獄様は笑顔で任務があると言って、あっという間に走り去ってしまった。思いがけず、またもや二人きりになってしまい、私は不死川様の方を見ることができない。あっという間に雨粒は大きくなり、地面を強く打ち付けていた。