「相談があるのですが…」
週に一度の診察の際、私の目の前に座る蝶屋敷の主・胡蝶様に意を決してそう切り出すと、彼女はいつもの笑顔を私に向けて頷いた。
「何でしょう?」
「あの…風柱の不死川様に謝りたいのです」
「謝る?」
首を傾げる彼女に、あの日の子細を説明する。私がたどたどしく話すのを、胡蝶様は遮ることなく最後まで聞いてくれた。
「そうですか、そんなことが…」
「謝るということ自体、私の自己満足なのかもしれませんが…」
謝ったところで許してもらえるわけがない。そもそも、許してほしいと願える立場に私はいない。でも、謝らずにはいられない。このままずるずると時間が経ってしまえば、もうどうすることもできないような気がしていた。
「きっと私のことなんて…覚えてらっしゃらないでしょうけど」
「あら、そんなことはありませんよ?この間だってー」
「…?」
途中で黙ってしまった胡蝶様は私の気持ちとは裏腹に何だか楽しそうにニコニコしていて、急に何かを思いついたように、ぱんと手を叩いた。
「こ、胡蝶様?」
「さんにちょっとおつかいを頼みたいのですが!」
ーーーーーーーーーー
空を見上げると、胡蝶様の鎹鴉がこちらを気にしながら羽ばたいている。私は胡蝶様から預かった袋をしっかりと胸に抱いた。
胡蝶様の『おつかい』とは、この袋…傷薬を不死川様の御屋敷まで届けることだった。胡蝶様曰く、不死川様は怪我をしても自分で適当に処置してしまうことが多いらしく、こうしてたまに薬を届けているようだ。普段は蝶屋敷内でお手伝いをしている私だが、不死川様に謝りたいと相談したから、きっと気を利かせて遣わせてくれたのだ。
確かに私が蝶屋敷に来てから、他の隊士や柱の方々を見かけることはあっても、不死川様は一度も見ていない。あの日見た、不死川様の顔や体に残る傷を思い出す。
鴉がカァと短く鳴いて、前方に見える御屋敷の門にとまった。私はふうと息を吐いて、門をくぐり戸を開けた。
「ごめんください」
声をかけるが、返事はない。もう一度試してみたが結果は同じで、どうしようかとしばらく考えてそのまま外へ出て庭の方へまわってみた。しかしそこもがらんとしており、人の気配すら感じない。ご不在なら出直そうか。ぼんやりと空を見上げてみたら、灰色の雲が遠くからやってくるのが見えた。
「雨、降るのかな…」
「オイ」
「ひっ…」
びくり。背後から急に声を掛けられ、小さく声を上げた私は慌てて後ろを振り返った。
「不死川様…」
ずっとお会いしたかった方を目の前にして、心臓の音が早くなる。全く気付かなかったのは不死川様が気配を消していたからなのか、それとも私が鈍感だからなのか。鋭い目付きで私を見下ろす不死川様に、私は頭を下げた。
「し、失礼しました、お声がけしたのですが」
「何の用だァ」
胡蝶様から預かっていた袋を差し出し説明すると、不死川様は一つため息をついて奪い取るように袋を受け取り、そのまま踵を返して歩き出してしまった。少々怖気付きながらも、慌てて追いかけつつ話しかける。
「あのっ、私のことを覚えていらっしゃいますか?」
「知らねェ」
「ひ、ひと月ほど前に助けていただいて」
「覚えてねェ」
「あ、あの…私謝りたくて、」
「…用が済んだならさっさと帰りやがれェ」
ぴしゃん。目の前で勢いよく閉じられた戸。これは拒絶、だ。あの日、助けていただいた時、不死川様か差し出してくださった手を私が叩いたのと同じだ。
遠くから小さく雷の音が聞こえる。私はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていた。