私は、許されないことをしてしまった。


−救われた私の罪−


「ど、うして、兄様…」


村中から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてくる。薄暗い部屋に充満するのは、噎せ返るような血の匂い。その血は畳の上に倒れている父と母のもので、遠目に見ても既に息絶えていることが分かった。そして、父と母の亡骸の傍にゆらりと立つ兄。部屋の隅でがくがくと身体を震わせながら、私はもう一度掠れた声で問う。


「どうして、」


父様と母様を、殺したの。そう言葉にする前に、兄は唸りながら真っ赤な目で私を捉え、牙を剥いた。

兄様、兄様…!

涙が一つこぼれ落ちたと同時に強い風が吹いて目を閉じる。鋭い音と咆哮が聞こえたかと思えば、一瞬で静寂が訪れ私はそっと目を開けた。目の前に、誰かいる。その二本の脚を上に辿っていけば、背中に「殺」の文字。手には刀。

この人は一体誰だろう。

そう考えたところでハッとする。首を斬られた兄の姿を見て、私は悲鳴を上げた。


「っ…に、兄様…」


慌ててよろめきながら倒れた兄の元へ駆け寄った。胴から離れてしまった首を見ることができず、私はただ兄の羽織を掴んで呼び続ける。なぜかハラハラと紙切れのように散っていく兄の体を見て息が苦しくなるのを感じた。


「…オイ、」


背後から声をかけられ肩が跳ね上がる。振り向くと、私の前に立っていた男性が刀を持ったままこちらを見下ろしていた。わずかな明かりが彼の顔や体にある無数の傷跡を浮かび上がらせる。


「お前、…大丈」
「あ…あ、貴方が斬ったの」


声が震える。


「貴方が、私の兄を…」
「…あァ」


頭をガツンと殴られたような気がした。目の前がクラクラする。実際に目眩で倒れそうになった私の体を支えようとしたのか、差し出された手を私は思い切り叩いた。


「触らないで…!」
「…いいかァ、お前の兄貴は」
「この、ーーーーー…!」


私の言葉に、男性が目を見開き顔を歪ませる。涙がぼろぼろと溢れ、ぐるんと目の前が真っ暗になり私は意識を手放した。


ーーーーーーーーーー


目を覚ますと、開いた窓からそよそよと心地いい風が入ってきているのにも関わらず、じっとりとした汗が体中にまとわりついていた。一度ぎゅっと目を閉じて深呼吸する。

また、あの日の夢だ。

ひと月ほど前、私が暮らしていた小さな村は数名の鬼たちに襲われ、私以外の全ての人間が喰い殺された。その鬼たちの内の一人が、前日から行方不明になっていた私の兄であった。人でなくなった兄はまるで獣のような動きで両親を襲い、同様に私のことも襲おうとした。あのお方に救われなければ、今私はここにはいない。

あのあと気を失ってしまった私は、この蝶屋敷で目覚めた。そして初めて、鬼や鬼殺隊の存在を知ることになる。

私は寝台から起き上がり、窓辺に立って夜空を見上げた。鬼が活動するこの時間、多くの鬼殺隊の皆さんが命をかけて戦っている。

白、そして銀色。鈍く光る月を見ていると、私を救ってくれた、そして私が傷つけてしまったあのお方のことを思い出す。


「ごめんなさい…」



「…いいかァ、お前の兄貴は」
「この、ひとごろし…!」



「ごめんなさい、不死川様…」


私は、許されないことをしてしまった。