「は悟のこと、どう思ってるんだい?」
-いつか、もし-
場所は寮の談話室。私のその何気ない質問に、数学の問題集を睨みつけていたは顔を上げて、頬杖をついている私の顔をじいっと見つめた。にこりと笑ってみせれば、は眉を顰め首を傾げる。
「どう、って?どういう意味?」
「そのままの意味。にとって、悟はどんな存在?」
「…事あるごとにちょっかい出してきたり、いたずらしてくる迷惑なクラスメイト」
ぶっきらぼうにそう呟くの様子に、思わず息を吐いて笑った。そんな私を見て、はさらに「意味が分からない」という表情を見せる。──残念だったね悟、全然そういう目で見られてないよ。恐らく自身の気持ちにまだ気付いていないであろう親友に思いを馳せていたら、は持っていたシャーペンをノートの上に置いて私と同じようにテーブルに肘をついた。
「じゃあさ、傑にとって五条はどんな存在なの?」
「悟は親友だよ、だから幸せになってほしいんだけどね」
「相変わらずやさしいね、傑は」
「そう?普通じゃないかな」
「…でも確かに、私もみんなには幸せになってほしいかな、もちろん傑もだよ」
もう明日の数学のテストのことなんてすっかり忘れているんじゃないだろうか。そう思えるほど清々しい笑顔を見せるは、お世辞抜きでとても可愛いと思う。悟の前では絶対に言えないけれど。私もには悟と同じように幸せになってもらいたいが、彼女の幸せを願うのは私の役目ではない。
「ありがとう」と彼女に礼を述べたところで、寮の入り口が開いて任務を終えた悟が姿を現した。少し疲れているようにも見える悟は、の存在に気付き少し頬を緩めたあと、隣に座っていた私の姿にぴくりと眉を寄せる。無意識なくせにそのあからさまな様子が面白くて、私はわざとらしく悟に視線を向けたままの肩に手を置き、耳元で「悟が帰ってきたよ」と囁いた。
「あ、おかえり五条」
「悟、お疲れさま」
「…何やってんだよ、二人きりで」
悟はそう言って私たちの元へ歩み寄ると、持っていた紙袋をテーブルの上にがさりと置いた。彼女は気付いていないようだが、悟の言う『二人きり』には明らかに私に対する苛立ちと嫉妬が含まれていた。
「…土産」
「わ、いつもありがとう」
はにこにこと嬉しそうに、「五条の買ってくるお土産は全部おいしいんだよね」と言って微笑んだ。そんな彼女の姿に、悟は満更でもなさそうにふんと鼻を鳴らす。最近の悟は、遠方へ任務に出掛けると必ずと言っていいほど私たちに土産を買ってくるようになった。正確には『私たちに』ではなく、『に』なのだが。
何を思ったのか、悟がの頭を片手で乱暴に撫で、が「髪が乱れる!」と非難の声を上げる。
「で、何やってんの?」
「何って…傑に数学を教えてもらってたんだよ、明日テストでしょ」
「お前、傑に甘えんなって言ったろ」
きっとこれは、『私に甘えるくらいなら俺に甘えろ』という意味なのだろう。そこまで考えて、私は喉の奥でくつくつと笑った。そんな私に悟が強い眼差しを向けてきたので、私は肩を竦めてみせた。
「そうだ、勉強しないと」
我に返ったように再び問題集と向き合ったを見た悟は「俺も勉強しよ、着替えてくるわ」と言い、早足で自室へと続く階段を上っていった。悟は勉強しなくても良い点とれるだろうに。
すると私が悟に対してそう思ったのと同じように、は先程から静かに笑っている私を見て恨めしそうに「傑は勉強しなくたって大丈夫だもんね」と呟いた。
「…そうだね、傍から見てると面白くて仕方ないよ」
「うわ、余裕だ」
しばらくして、私服に着替えた悟が手ぶらで戻ってきた。勉強するんじゃなかったのかい、悟。
「お前、こんなのも分かんねーのかよ」
「今解いてる最中だってば!」
賑やかに言い合いをしながら問題を解く二人は、見ていて飽きることがない。そして悟、無理矢理私との間に座っておいて自分の気持ちに気付いていないだなんて、さすがに無理があるだろ。いくらなんでも。
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「悟はのこと、どう思ってるんだい?」
「はあ?」
ざあっと強風が吹き、木々から離れた多くの落ち葉たちが地面を覆い隠す。きっと明日の今頃には、竹箒を持った夜蛾先生が「任務のない学生は落ち葉の清掃をするように」と告げるだろう。
私の質問に悟は間抜けな声を上げる。さらに、あんぐりと口を開けたものだから口に含んでいたカフェオレが口角から滴り落ちた。汚いな。
「どう、って、なんだよ」
「そのままの意味だけど。好きなんだろう?のこと」
「はあ~~~?」
悟は大げさに身体を仰け反らせたあと、「信じられない」とでも言いたげな顔をして冷ややかな視線を私に向けた。微かに耳朶が赤く染まってきているが、本人は全く気付いていないのだろう。しかし悟は私の質問に焦ったのか、まだ中身が残っているカフェオレの缶を術式で捻り潰した。もちろん缶からは派手に茶色い液体が噴き出し、私たち二人の足元にぼたぼたと零れ落ちる。汚いな。
悟はごくりと唾を飲み込んだあと、わざとらしく大きなため息をついた。
「バッカじゃねえの、この俺があんなちんちくりんを好きになるわけねえだろ」
「言うほどちんちくりんでもないと思うけど」
「は、傑お前、ああいうのがタイプだったっけ?」
「そうだよ、って言ったら?」
しまった、これはさすがに意地が悪すぎたか。思わずそう反省してしまいそうになるほど、悟は虚をつかれたように狼狽え「いやお前、それは違うだろ…」と訳の分からないことを、普段の悟からは想像もできないほどの小さな声で呟いた。拗ねたように、そして不服そうに口を尖らせる悟を見て我慢できず盛大に笑い飛ばせば、私の冗談に気付いてキレた悟に首を絞められる。
「傑、てめえ…!」
「ふは、すまない、悪かったよ」
五条家の跡取り息子は蝶よ花よと育てられたせいか、随分とあまのじゃくな人間に成長してしまったようだ。
ふと視界の隅に入った人物に、私は声を上げる。
「あ、」
「あ?」
私が指さした方向を、機嫌の悪い悟がぎろりと睨み付ける。そこには灰原と二人で楽しそうに笑いながら歩くの姿があった。悟に首を絞められながら、そういえば今日灰原とは二人で任務だったことを思い出す。
悟は知らないだろうが、以前灰原はについて「さんは僕の妹に少し似ています、年上ですけど!」と話していた。そのせいか、灰原がを見る目つきはまるで愛しい相手を見ているような、とても優しいものだった。そう考えていたとき頭上から悟の舌打ちが聞こえ、私の首を絞めていた腕がするりと離れていく。
さて、どう出るのかな。その場で行く末を見守っていたら、大股で無遠慮に二人の元へ歩いていった悟がの頭をぐしゃぐしゃと撫で回したものだから、私は再び吹き出した。相変わらず強い風が吹き続ける中、の悲鳴と灰原のけらけらと笑う声がこちらまで聞こえてくる。今までに、何度こういう光景を目にしただろう。
「相変わらず素直じゃない」
私のその呆れた呟きは、一番届けたい相手に届くことなく風に奪われ消えていってしまった。
これはあくまで私の想像に過ぎないが、あの二人はいずれ結ばれることになるだろう。それは数日後、数か月後かもしれないし、数年後、数十年後かもしれない。不思議と、悟とそれぞれが別々の道を歩む未来は想像もつかなかった。もし悟が今より多少まともな大人になれたとしても、あの様子だと意地でもを手放すようなことはしないだろう。
──いつか、もし悟との結婚式に参加することになったら。そのときは、友人代表のスピーチぐらいは引き受けてあげてもいいかな。
(2022.05.01)