※12話「甘く、とろけるような」の続き。五条がむらむらしています。
-転がされているのは-
どれくらい時間が経っただろうか。何度もしつこく唇を重ね続け、最初は頑張って僕の舌の動きに合わせていたの舌はいつの間にか僕にされるがままになっている。たまに苦しいことを知らせるためにが僕のシャツをぐいと引っ張るので、さすがに休憩させないと可哀想かな?と思い離してあげるけど、顔を上気させて何とか乱れた息を整えようと必死になっているを見ていたら、胸に…というか下半身にぐっとくるものがあって、なけなしの気遣いなんか忘れて再びの唇を掬い取るように奪い取る。ひたすらその繰り返し。は僕がさっき「取り戻させてよ」とお願いしたのが効いているのか、頑張って僕に付き合ってくれている。健気だね。
──とまあ、余裕ぶって今の状況を頭の中で整理してみたはいいものの、実際には僕ももう限界なわけで。今まで何度もとこういうことをする場面を想像してきたけれど、やっぱり想像と現実は雲泥の差。感触とか匂いとか息遣いとか、とにかく五感が刺激されてもういろいろとやばい。…っていうか、今日これどこまでいっていいの?どこまでがセーフでどこからがアウトなの?
の腰がテーブルの縁に当たっていることに気付き、彼女の両方の太ももを持ち上げれば簡単にテーブルの上に座らせることができた。そしてそのままの腰を立っている僕に引き寄せると、再び彼女が僕のシャツを引く。唇を離せば、は盛大に息を吐いた。その様子にふ、と笑ってしまった僕を涙ぐんだ瞳が睨み付けるが、それすらも僕の気持ちを昂らせる要因にしかならない。
「、大丈夫?」
「ちょ…っと、休憩」
「だーめ」
そう突っぱねたものの、僕も一旦心を落ち着かせたい。吸い寄せられるようにの額や頬に口付けしながら右手での腰を、左手で頬を撫でるとの喉がごくりと上下する。そしては声を震わせながら、少し苦しそうに、
「…五条、」
と囁いた。──さっきは悟って呼んでくれたのに、結局名字で呼ぶんだ。そうがっかりしたのは一瞬で、すぐにくらくらと軽い眩暈を覚える。下の名前だろうが名字だろうが、そんな声で呼ぶなよ。
の肩に顎を置いてひとつ息を吐けば、今までずっと僕のシャツを握っていたの手が躊躇いがちに僕の背中に回された。途端、少し落ち着きを取り戻していたはずの下半身が再びずしんと重くなり、どんどん熱が集中していく。これはあれだ、我慢するなんて無理だね、もう。の全てに触れて、全てを僕だけのものにしてしまいたい。今すぐに。
でもよく考えると、家にはアレがない。さすがに最初から無しでってのは、僕はいいけどが怒るだろう。…いや、でものことだから拝み倒せば流されてくれるのでは、という邪な考えが頭に浮かぶ。一応もう恋人同士なわけだし、きちんと責任だって…って、あれ、ちょっと待て。
がばっと勢いよく身体を引き離せば、は驚いたように僕を見上げて瞬きを繰り返した。
「ど、どうしたの」
「恋人?」
「え?」
「僕たち、恋人同士ってことでいいんだよね」
お互いに「好き」と好意は明らかにしたものの、肝心な僕らの関係に名前がついていない。真剣な僕の言葉に、目を丸くしていたは恥じらいながら微笑んで頷いた。よかった、じゃあ何も問題ないじゃん。
「そろそろ、休憩終わろっか」
そう言っての返事を待たずにもう一度彼女の口を塞ぎ、いかに自然にそういう流れに持っていこうかと考えたとき、ソファーに置いていた僕のスマホが震えた。無視しての口内を荒らすことだけに集中するが、さすがに真面目な彼女が抵抗を示す。
「ごじょ、電話」
「大丈夫、無視でいいよ」
「でも…急ぎかも」
顔を背けようとするの頬を両手で包んだとき、僕のスマホが振動をやめ今度はが着ているカーディガンのポケットに入っていたスマホが震え出した。さすがに苛ついた僕は、舌打ちを押し殺して彼女より早くポケットに手を突っ込み、スマホを奪う。そしてが制するのも聞かずに、『伊地知潔高』と表示された画面の応答を押し、スピーカーに切り替えた。
『あ、さんお疲れ様です。あの…至急五条さんと連絡をとりたいのですが、』
「伊~地~知~、僕だよ~ん」
『ヒッ…!ごごご、五条さん!?』
「何、急ぎ?」
『あっ、は、はい、実は』
スピーカーにしたままスマホをテーブルに置き、続きを再開させようとの唇に噛みついたら頬を軽くビンタされた。…これはアウトだったらしい。
『…い、今のは何の音でしょう』
「…僕があとで伊地知をビンタする音だよ」
そう言えば、伊地知の喉がヒュッと音を鳴らす。咎めるように真っ赤な顔でこちらを睨むに向かって軽く笑ってみせたあと、諦めた僕はスマホのスピーカーを再度切り替えて耳に押し当てた。慌てた伊地知が消え入るような声で謝罪するのを聞きながら、自分のスマホが置いてあるソファーへと向かいメールが入っていないか確認をする。
話を聞くと、今日の午後から予定していた任務について、警察署に提出していた道路使用許可申請の許可が下りるのが遅れる見込みのため、任務内容を別のものに差し替えたいという旨だった。別にそれはそれで全然良いんだけど、わざわざ電話してこなくても良くない?
最後まで恐縮しながら話す伊地知との通話を終えて振り返ると、はテーブルの上に置きっぱなしだったパンケーキをレンジで温めている最中だった。「お腹すいちゃったから、食べるね」と言うを見ていたら、伊地知に対する苛立ちも幾分かマシになっていく。…まあ午後から任務だし、さっきの続きはこれからの楽しみにとっておくとしよう。
「電話、大丈夫だった?」
「ん、大丈夫。昼過ぎにはここ出るけど、は?」
「私も任務入ってるし、同じくらいに出ようかな」
「じゃあ一緒に出よ」
「うん」
彼女にスマホを返すと同時に、レンジが温め終了の合図を出して止まる。が中から取り出したパンケーキからはほんわりと湯気が上っていた。
「…五条、今日何時頃帰ってくる?」
「ん?夜までには終わるかな、19時とか。は?」
「私も、多分同じくらい」
「そっか」
「…終わったら、またここに帰ってきても良い?」
パンケーキを持ったまま、僕に恐る恐るそう問いかけるはまるで小さい子どものようで、冗談抜きでパンケーキの妖精かと思った。そんな妖精いないだろうけど。っていうか、今更帰ってきても良いかなんてわざわざ聞くことじゃないし、なんなら毎日ここに帰ってきてほしいし、むしろ本当に引っ越してきてほしい。そう言葉にしようとしたところで、僕の悪戯心に火がついた。
「良いけど、帰ってきたらさっきの続きしちゃうよ?」
笑いながらそう呟いて、パンケーキに視線を落としているの顔を覗き込む。きっとは顔をまた赤く染めて、怒ったように「ばか!」と言うだろう。そう、思ったんだけど。
彼女の濡れた瞳が、まっすぐ僕を捉えた。
「…いいよ」
「…は」
たった一言。のそのたった一言を耳にした瞬間、僕は後ろから頭を思い切り殴られた気がした。──やばい、ずるい、可愛すぎるでしょ。いいよって、ちゃんと意味分かって言ってる?ついさっき、僕に手握られてるだけで頭おかしくなるとか言ってた子がさあ。あまりの衝撃に、頭を抱えてその場に座り込みたくなる。もうこれはセーフだとかアウトだとか、そんなことをいちいち気にしている場合じゃない。これからの楽しみにだなんて、そんな長くとっておけるわけないだろ。
今日の任務が終わったら、コンビニ寄って速攻で帰ろう。あの小さな四角い箱を頭に思い浮かべながら、目の前の可愛い恋人に向かって僕は手を伸ばした。
(2022.05.01)