「なんで夜なんだよ!」


一定のリズムで浜辺に打ち寄せる波の音。その音をかき消すかのように、一年生三人の中で唯一の女子である彼女の叫び声が響き渡った。


13.ひとりふたり色どり


「夏の海って言ったら普通昼間でしょ!?海での任務って聞いてたから水着用意しといたのに~!」
「まあいいじゃん夜なら日焼けしねえし、なっ伏黒」
「別にどうでもいい」
「ああん!?」


時刻は二十一時過ぎ。静かに音を立てている海に似つかわしくない賑やかな会話を繰り広げる一年生三人は、とてもじゃないが今から呪霊を祓いに行くようには見えない。むしろ、普通のどこにでもいる高校生に見える。そう思いながら三人を遠巻きに眺めていたら、私の隣に立っていた五条が彼らをたしなめるように両手を叩いた。


「ほらほら!夜なんだしあんまり騒がないの、終わったらちゃんとご褒美用意してるから」
「ご褒美?寿司!?」
「肉!?」


『ご褒美』という言葉に食い付いた虎杖くんと釘崎さんが、キラキラとした眼差しで五条を見つめる。五条はふふん、と得意気に笑うと、人差し指をピッと立てて自信満々にたっぷりと溜めてこう答えた。


「花火です、は、な、び!任務終わったらさ、みんなでやろうよ」
「…はあぁああ~!?」


五条の『ご褒美』の正体に、釘崎さんが落胆と怒りの声を上げた。黙って二人の後ろに立っていた伏黒くんもこれには乗り気ではないようで、「終わったらすぐ帰りたいんですけど」と不満をあらわにする。彼らの反応が自分の想像と異なったためか、五条は拗ねたように唇を前に突き出した。


「え~花火楽しいよ?学生時代にやった花火って大人になっても思い出として残るしさあ、それに何より一級術師のさんもやりたいって言ってるし」
「…は」


急に話を振られたものだから、私の口から変な声が漏れた。その場にいた全員の視線が私に集中し、どんどん顔が熱くなるのを感じる。伏黒くんとは顔馴染みだが、虎杖くん・釘崎さんと会うのは今この場が初めてで、つい先程軽く自己紹介をしたばかりだ。彼らからしたら、そもそも何で私がこの場にいるのかも分からないだろうし、第一私自身も分かっていない。それに、花火をやりたいだなんて私は一言も言っていないし──といろいろ考えを巡らせていたら、虎杖くんがぱっと手を挙げた。


「俺、花火やりたい!夏らしいこと一個くらいやりたいじゃん?それに友達と花火ってやったことねーしさ」


陽気な彼の言葉でその場の空気が一変する。険しい表情の伏黒くんと釘崎さんは顔を見合わせると、ほぼ同時にため息をついた。


「しょうがないわね…ちゃちゃっと祓って花火やるわよ、打ち上げ花火を伏黒の尻目掛けてぶっぱなしてやろうじゃないの」
「おい、物騒なこと考えんのやめろ」
「やった!じゃあ早く終わらせちゃおーぜ!」


中心に立つ虎杖くんが、嬉しそうに二人の肩に腕を回す。楽しそうに現場へ向かう三人の後ろ姿を、五条は「頑張ってね~」と言ってひらひらと手を振り見送っていた。今日の現場は、一言で『海』と言っても今いる場所から少し離れているようだ。


「…ついて行かなくていいの?」


気になってそう問いかける。すると五条は笑って、


「大丈夫でしょ、あの三人なら。なんてったって僕の生徒だし」


と答え、そのまま浜辺に座り穏やかな海へ視線を向けた。そんな五条の隣に私も座ると、ざあざあという波の音に包み込まれるような感覚を覚える。

去年の冬、傑は死んだ。彼の人生は五条の手によって幕を引くこととなった。傑の訃報を耳にしたとき、『五条にはさせたくなかった』と思った。でも『五条以外の術師が彼を処刑することはもっと許せなかった』とも思う。そんな矛盾を心に抱きながら私は一人で少し泣いたけれど、五条はやはり泣かなかった。

五条の心の内は私でも分からないが、五条は「僕が傑に最後にしてあげられることだった」と言っていた。傑が謀反を起こしたときに「俺たちにできることはもうない」と冷たく言っていた彼が。それを聞いて、私は絶対に五条に一人で苦しみを背負わせないと心に決めた。彼が私の苦しみや悲しみを一緒に背負って、ずっとそばにいてくれたように。


「っていうか…なんで私たちまでここに来たの?わざわざ車二台も出して」


寄せては返す波を眺めながら、素朴な疑問を五条に投げかける。私はもちろん五条も、現場まで付き添わないのであれば必要なかったのではないか。いつの間にか黒のアイマスクを外していた五条は、海風に髪を揺らしながら私に向かって微笑んだ。


「最近忙しすぎて二人きりで過ごす時間なかったから、ちょっとした息抜きだよ」
「息抜き、ねえ」
「あとさ、僕たちそろそろ結婚しない?」


予想だにしなかった言葉が隣から飛んできて思わず噎せた私を、五条は楽しそうにニコニコと見つめている。口元を押さえながら睨みつければ、五条は「夜の海でプロポーズ、ロマンチック!」と、からかうように笑った。


「ロマンチックっていうか…ついでに言われた感が強いんだけど…」
も五条になれば、嫌でも僕のこと名前で呼ぶでしょ?」


結局、五条と恋人同士になっても私は基本的に五条のことを変わらず名字で呼び続けていた。学生時代、そして大人になってからもずっと同じだった呼び名をあっさりと変えてしまうことは、そう容易くはない。『名前で呼ばせたいがために結婚するのか』と突っ込んでみようかとも思ったが、本人が冗談でそう言っていることは分かっていたのでやめておいた。五条は頭の後ろで手を組んで、わざとらしくため息を零す。


「ベッドの中ではあんなにたくさん下の名前呼んでくれるのにさ」
「ちょ、ばか!」


二人きり、一年生たちももういないのに、私は慌てて五条の口を押さえようと腕を伸ばす。しかしその行動は見透かされていたようで、簡単に両手を掴まれた私はあっという間に後ろから抱き竦められ、彼の長い脚の間に閉じ込められてしまった。耳に届く五条の心音は普段よりも少し速い気がして、それが余計に私をどきどきさせる。夏、しかも外でこのように密着するのは本来であれば避けたいところだが、夜で誰もいないことから大目に見ることにした。


「住むとこどうしよっか?前のマンション借りたまんまだからそこでも良いけど」
「でも実際、今みたいに高専内に住んでた方がお互い楽じゃない?」
「それもそうだけどさー、新婚感がないじゃん、高専だと」


私の頭のてっぺんに顎を乗せて喋る五条は、「高専近くは物件も住めそうな土地もないもんな~」と新居の話を続ける。今年に入ってお互い任務や出張がさらに多くなってからは、それぞれ高専内に部屋を借りて暮らすようになっていた。最初は職場=家ということに抵抗があったが、実際に暮らし始めるとこんなに楽なことはない、と思えるくらい便利だった。──というか。


「五条、私まだプロポーズの返事してないよ?」
「え?返事って『はい』と『Yes』以外に何かある?」
「まあ…ないけど」


そう答えれば、五条は顎をぐりぐりと私の頭に擦り付けた。顔は見えないが、相当喜んでいることが分かる。


「とりあえず子どもは五人くらい欲しいよね」
「多っ」
「男でも女でもいいし、呪術師になってもならなくてもいい」
「うん」
「そんで僕がおじいちゃんになってボケたとき、ご飯食べたのに『ご飯まだ?』って聞くから、に『さっき食べたでしょ』って言ってほしい」
「ふ、私もボケてもう一回ご飯作るかも」
「それはそれで楽しいかもね」


明日生きているかも分からない身で遠い未来の話をしていることがなんだかおかしくて、私はくすくすと笑った。いつか現実になれば良い。もし現実にならなかったとしても、それはそれで私たちの運命なのだろう。

会話が途切れ、規則的な音を立てる夜の海を二人で眺める。真っ暗、そして真っ黒な水面はどんなものでも飲み込んでしまいそうな、そんな恐ろしさを孕んでいた。

でも五条と一緒なら、この先何が起きても怖くない。そう思えるのは彼が最強だからか、それとも最愛の人だからか。


「これからも──」
「ん?」


五条が顎を上げずに何かを呟いたので、顔を動かさずに「何か言った?」と聞き返す。私を抱きしめる五条の腕の力が僅かに強まる。


「これからも僕はずっとのそばにいるよ、何があってもね」


──「ずっとそばにいる、約束する」。そんな冗談みたいな約束をずっと守ってくれたから、おそらく、私は今日まで生きることができた。


「私も、ずっと五条のそばにいるよ」


灰色だった世界を色づいたものにしてくれたこの人が、これ以上苦しまずに、どうか幸せになれますように。そしてこれからずっと──できるだけ長く、彼の隣に立っていられますように。五条の確かな体温を身体全体で感じながら、私は心からそう願った。


(2022.04.28 ~fin~)

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。