「ー!」
久しぶりの再会となった高専時代の先輩は、東京駅で私を見つけると歓喜の声を上げながら勢いよく抱き着いてきた。
9.抱いた感情の答え
「歌姫先輩お久しぶりです、移動疲れたでしょう」
「別に座ってるだけだから大して疲れないわよ、二時間くらいしかかからないし」
歌姫先輩は「相変わらずアンタは優しいわね、よしよし」と言いながら、まるでペットにそうするかのように私の頭を撫で回した。高専時代から、私や硝子にとって『スキンシップの多い先輩』という認識だった歌姫先輩。こうして仕事抜きで会うのは久しぶりだが、変わらない先輩の姿は少なからず私を安心させてくれる。
「先輩、荷物どうします?今日高専に泊まるんですよね」
「いや、今日はホテルとってるから先に預けてくるわ」
普段、東京に出張で来る際は高専に泊まることが多い先輩だが、今日はこの辺で何か用事でもあるのだろうか。そんな疑問を抱いたものの特に触れることはせず、私は先輩と一緒にホテルへと向かった。
無事に荷物を預け、まだお昼には早かったがお互い朝食を食べていなかったため早めに店に入ることにした。駅近で雰囲気の良いカフェを見つけ、窓際の席に座る。平日だからか、はたまた時間のせいか、思っていたほど店内は混んでいなかった。険しい顔をして目を細め、メニューを眺めながら「悩むわね…」と呟く先輩の姿に、思わず笑みがこぼれる。
「先輩、ちゃんと京都で先生やれてるんですか?」
「どういう意味よそれ、ちゃんと教師やってるわよ」
「なーんか、歌姫先輩が教師って未だにピンとこなくて」
「私からしたら、五条が教師ってことの方がピンとこないわ」
「…確かに」
思いがけず先輩の口から飛び出してきた五条の名前に、少しだけ心臓が跳ねて視線を彷徨わせた。しかしそんな私の様子に先輩は気付くことなく、相変わらずメニューを穴が開くほど見つめている。
「ごめん何でもない、忘れて」
あの日、五条はそう言うと黙り込んで俯いてしまった私の手をすんなりと離し、何事もなかったかのように私を残して部屋から出ていった。あれだけ異様な雰囲気を醸し出しておきながら、『何でもない』はさすがに無理がある。そのときの私は、五条が恐らく初めて私に本心を隠したことになぜか酷くショックを受けた。そしてその日の翌日から、五条も私も任務続きですれ違いが続き、結局一度も顔を合わせていない。
五条が私に何を伝えたかったのか知りたい、自分があのとき抱いた感情の答えについてきちんと考えたい、と思った。かと言って五条と直接顔を合わせて話すことには抵抗があり、むしろ五条と会わない日々が続いて少し安心している自分がいる。いつも五条が遠方へ任務に行った際に送ってくるお土産についてのメールも、全く届いていない。
目の前に座る先輩がメニューをテーブルに置いたので、私は顔を上げた。
「よし決めた!は?」
「私も決まりました」
注文を済ませたあと、お互いの近況について話し合った。最近の任務の話や、京都の学生の話。特に学生についてはやはり呪術師であるためか風変わりな子が多いらしく、話を聞いて想像するだけで笑えた。
「それにしても、相変わらず東京は人が多いわね」
一通り話を終えた先輩は、テーブルに頬杖をついて窓の外を行き交う人々を眺めながらぽつりと呟いた。私も外の景色へ視線を向ける。たくさんの人、人、人。昔、七海が「私たちがやっているのは、つまるところ鼬ごっこです。人間が生きている限り、呪いはなくならない」と悟ったように言っていたことを思い出す。
「…そういえば、今回はどういった出張なんですか?通常任務?」
「先日、京都で処刑された呪詛師の仲間が東京にいるって情報が入ってね、その調査よ」
呪詛師。その言葉に水の入ったグラスを持つ指がぴくりと反応し、中の氷がカランと音を立てた。私のその僅かな変化を先輩は見逃さず、向けられた視線に息をのむ。
「…夏油じゃないわよ」
先輩は短くそう言うと、再び外へ視線を戻した。私はグラスの中に浮かぶ氷を見つめたまま「そうですか」と頷いた。
今まで、呪詛師が原因で命を落としてしまった呪術師を何人も見てきた。それに加えて長い年月が経過したこともあり、傑が処刑対象の呪詛師であるということはすでに受け入れている。だからと言って、傑と過ごしてきた時間をなかったことにすることはできない。こういうとき、頭の中に若き青春時代の傑の笑う姿が浮かんでしまうのは、もうどうしようもないことだった。
「前から聞きたかったことがあるんだけど」
先輩の一言に顔を上げると同時に、注文した料理が運ばれてきて二人とも黙り込んだ。テーブルに並べられた料理は見るからにおいしそうで、食欲をそそられる。
「…聞きたかったことって?」
フォークを持って先輩の次の言葉を促せば、彼女は少しだけ気まずそうに私を見つめる。そして「少し聞きにくいんだけど」と前置きをして、こう尋ねた。
「と夏油って、付き合ってたの?」
「…付き合ってないですよ」
今まで誰からもされたことがなかった質問に笑いながらそう返せば、先輩は少しだけ安心したように「そっか」と返事をして料理を食べ始めた。
「って、彼氏作らないの?」
「作らないっていうかできないですよ、呪術師だし」
「でも実際モテるでしょ?」
「何でですか、モテませんよ」
「どんな男がタイプなのよ」
いつもと違い、やけに恋愛の話をしたがる先輩に違和感を覚えつつ、質問に対する答えを考えてみる。聞かれて初めて気が付いたが、自分はどんな男性がタイプなのか、今までまともに考えたことがなかった。先輩は、悩んでいる私になぜか期待の眼差しを向けている。
「…先輩はどんな人がタイプなんですか?」
「私のことは良いのよ」
「え、ずるっ」
「優しい人とか格好良い人とか、金持ちとかいろいろあるでしょ」
なかなか答えが出てこず、優しい、格好良い、金持ち…とぶつぶつ呟いてみるが、どれもピンとこない。
「彼氏、いいじゃん。例えば…僕より強い男とか」
不意に浮かんだ五条の言葉に、思わず咳込みそうになるのを既のところで堪える。結局、どんな男性がタイプなのか思い浮かばない私は「きっと先輩は嫌な顔をするだろうな」と、頭の中で彼女の顔が歪むのを想像しながら小さく呟いた。
「…五条より強い人、とか?」
「はあ?…何言ってんのよ、そんなヤツいるわけないじゃない」
想像通り、吐き捨てるようにそう言い放った先輩はそのまま「悔しいけど、あいつ最強でしょ」と続けた。
「…そうですよね」
五条に対する周りの印象は、やはり一番が『最強』。それに続いて、『わがまま』『軽薄』『性格に問題あり』。そんな言葉が頭の中にぽんぽん現れてきて、私は静かに笑った。
──なんだか今日は、五条のことばかり考えている気がするな。
最強でわがままで軽薄、性格に問題があり、それでいて自分を削って削ってすり減らすことに無頓着な、本当は優しい人。以前、彼氏についての話になったとき、なぜ五条は「僕より強い男」と言ったのだろう。周りだけでなく、五条だって自身のことを『最強』と自負しているくせに。そこまで考えたところで、少しだけ胸が苦しくなる。
「普段周りに頭おかしい男しかいないんだから、も広く世界を見てみないと」
先輩の言葉に、私は曖昧に笑った。
「…まあそうかもしれないですけど、別に今は彼氏とかは」
「、今日の夜、暇?暇よね?」
少しだけ声のトーンを抑え、ずいっと顔を近付けて私にそう問いかける先輩に何やら嫌な予感がする。そして、こういうときの嫌な予感というのは的中するものであることを私は知っていた。今日一番の楽しそうな笑顔を浮かべる先輩と見つめ合い、私は小さくため息を零したのであった。
(2022.04.16)