潜入捜査明けの朝。眩しく辺りを照らす太陽の光に私は目を細めながら、屯所の縁側で気持ちよさそうに眠る沖田隊長を見下ろしていた。


「ったく、この人は…」


軽く舌打ちをして、その傍らにしゃがみこむ。間抜けで憎たらしいアイマスクを今すぐ引っ張りあげてやろうか。そう思ったが、一番隊隊長であるこの人にそんなことをしようものなら、明日には首と胴が繋がっていないかもしれない。

アイマスクは諦めて、彼の肩を優しく叩く。それでも起きなかったので、軽く揺さぶってみた。


「隊長、沖田隊長!」


耳元で何度か呼ぶと、沖田隊長はのそのそと動き出してアイマスクを外した。眩しい光に瞬きを繰り返し、眠そうな顔で私を見つめる。


「…人が気持ち良く寝てるってーのに何でィ…って、か」
「終わりましたよ、潜入捜査」
「ああ、そういや頼んでたっけ」
「もう、いい加減にしてくださいよ。沖田隊長に振られた仕事を私に回すの」


本来、今回の仕事は沖田隊長の単独任務だった。わざわざ『沖田隊長ご指名の任務』である。つまり任務の難易度はかなり高いわけで、私のような一般隊士にとってはめちゃくちゃ危険な任務なわけだ。

私の意見を気にする様子もなく、沖田隊長は何も言わずに大きな欠伸をして、再度アイマスクを戻し寝る体勢に入ってしまった。

どうして私は真選組なんかに入ってしまったんだろう。確かに沖田隊長は、剣士なら誰もが憧れる程の実力の持ち主だ。一番隊に配属が決まった時は『あの沖田隊長から直接指南していただける』と、期待に胸を膨らませた。しかし蓋を開けてみれば、剣術の指導なんて以ての外、今回のように仕事を投げられるだけでなく、コンビニへのおつかいや肩揉みなど、雑用ばかりさせられている。恐らくこの人が上司でなければ、私の悩みの数は今の半分以下になるだろう。

そこまで考えて、私はぶんぶんと勢いよく首を振った。たたでさえ疲れているのに、これ以上ストレスを感じたくない。こういう時にマイナスなこと考え出したら、どんどん抜け出せなくなる。とりあえず今日は非番だし、シャワー浴びて寝よう。私は静かに立ち上がり、足音を立てないようにしてその場を後にした。


「…まだいる…」


シャワーを浴びて仮眠から目を覚ますと、ちょうどお昼を回った頃だった。お腹がきゅるると鳴り、昨日の夜から何も食べていなかったことを思い出す。軽く髪を整えて食堂へ向かう途中、沖田隊長が朝と全く同じ場所で眠り続けていたので仰天した。

普段そんなに仕事してないはずなのに、なぜこんなに長時間も眠れるのだろう。というか、あまりにも堂々としたさぼりっぷりは逆に尊敬してしまう。きっと沖田隊長にとっては、副長の怒鳴り声なんて小鳥のさえずりと同じようなものなんだろう。

食堂へ行くためには、沖田隊長の前を通らなければならない。起こさないようにそっと通り過ぎようとした時、寝ていると思っていた沖田隊長が私の手首を急に強く引っ張ったので、私は廊下に尻もちをついた。


「いった!」
「上司を無視して通り過ぎようとはいい度胸でさァ」
「朝からさぼりっぱなしで仕事しない人を上司として認めたくないんですけど」
「何言ってんでィ、よく言うだろ?上司が出来ないやつだと部下が育つって。つまり俺は後進の育成という立派な仕事をやってるわけ」
「それ自分で言ってて悲しくないですか?ご飯食べに行きたいんで離してください」
「ヤダね」


ぐぐぐ、とまるで攘夷浪士の手でも掴んでいるかのような強い力で私の手首を掴む沖田隊長。しばらくして私は諦め、その場に座り直した。そうすると少し手の力が緩められたが、相変わらず沖田隊長は私の手首を掴んだままだ。二人で廊下に座り込む姿は、傍から見れば手を繋ぎあっているようにも見えるだろう。


「ってかここ、副長の部屋から丸見えじゃないですか…なんでいつもわざわざ喧嘩売るようなさぼり方するんですか」


ちらりと隣に座る沖田隊長を見ると、額にアイマスクをずらし副長の部屋をぼんやりと見つめていた。


「そりゃあ、お前だって潜入捜査中に狙ってるホシから目離したりしねーだろ」
「副長殺す気ですか」


私の言葉に沖田隊長はにやりと笑う。冗談であってほしいと思いながら、これ以上突っ込むことはせず黙って空を見上げた。今日は本当に良い天気だ。そよそよと吹く風が心地よく、沖田隊長がここで眠ってしまうのも少し分かるような気がした。


「お腹すいたな…」
「そういや潜入捜査の件だけど」
「何ですか…報告書は今日中に仕上げますから待ってくださいよ」
「俺に回される任務、ならできると思って任せてるんでさァ」
「…へ?」


予想してなかった言葉をかけられて、思わず目を丸くする。沖田隊長は相変わらず副長の部屋から目を離さない。私は掴まれていない方の手で、沖田隊長の膝を掴んだ。そこでようやく沖田隊長が私の方を向いた。


「それってつまり、私のことを少しは認めてくれてるってことですか?」
「ま、他の奴らよりはなァ」


やった!と大声で叫んで飛び跳ねてしまいそうになるのを何とか堪える。こんな人でも、泣く子も黙る真選組の一番隊隊長。実力だけは誰もが認めている。そんな人に認められているということを、喜ばない剣士はいないだろう。私は口元が緩むのを隠すように、沖田隊長から顔を逸らした。


「だからと言って、自分の仕事を部下に押し付けるのはやめてください」
「何でィ、せっかく褒めてやってんのに」
「ちょっと!」


沖田隊長の手がぱっと離れたと思ったら、急に倒れ込んできて私が沖田隊長を膝枕する姿勢になってしまった。慌てて、沖田隊長の頭を両手でぐいぐい押し返す。しかし、こんな細い体のどこにそんな力があるのか、まったくびくともしない。

沖田隊長と私の視線がぶつかり、思わずどきりとする。日頃の恨みから忘れていたけど、この人顔だけはいいんだ、顔だけは。


「何、照れてんの?」
「ち、違います!副長に見つかったら、私が沖田隊長のさぼりに加担してると思われるじゃないですか…」
「じゃ、俺は寝るからあとよろしく〜」
「どんだけ寝るんですか!」


それからは何を言っても沖田隊長は返答せず。珍しくアイマスクは額に付けたまま、目を閉じて寝息を立て始めてしまった。私の大きなお腹の音に動じることもないその姿に、私は諦めてため息を零す。膝枕って地味に足痺れるし、しんどいんだけどなあ。そう思いながら沖田隊長の寝顔を眺める。

沖田隊長が認めてくれているなら、まだ頑張れるかもしれない。


「仕方ないなあ…」


これでも一応私の大事な上司だし、頑張って働くか。済んだ青空を見上げながら、一人そう決意したのであった。




このあと私も眠ってしまい、副長に見つかって二人揃って怒られたのでした。(非番なのに…)