「見合い…?」


そう呟くと、私の目の前に座る上司・近藤局長が困ったように頭を掻きながら頷いた。困っているのは私も同じなんだけどな、と思いながらため息を零す。


「なぜ私なんでしょうか…」
「ほら、とっつぁんってちゃんのこと娘のように可愛がってるじゃん?それで警察庁に良い奴が一人いるらしくて、どうしてもちゃんにってさァ…」
「で、でも私はただの女中ですし!幕府のお偉い様とは、身分が違うって言うか…」


あわあわと尤もな理由を並べてはみるが、さすがに松平様の言いつけとなると局長も簡単には断れないようだ。なかなか納得してもらえず、ずるずると視線が下がっていき項垂れる。しかし、すぐにぱっと顔を上げた私が放った言葉に局長は目を丸くした。


「お…お付き合いしている方がいます!その方と結婚するので!」


…というのが二時間前。


「って訳でさァ…トシ、知ってた?」
「近藤さんよォ、大事な話ってそれか?」


局長の隣に土方副長が召喚され、私は困ったことになった、と冷や汗をかいていた。お付き合いしている方がいる(嘘)&その方と結婚する(大嘘)と言った途端、局長がオロオロしながら「トシ!トシィィィ!!」と大声で副長を呼んだのだ。副長は徹夜続きで寝ていないようで、いつも以上に機嫌が悪いみたいだ。先程から、面倒くさそうに何本も煙草を吸っている。


だって年頃なんだから、そういう奴が一人や二人いたっておかしくねェだろ」
「二人なんて!そんなふしだらな子に育てた覚えはありませんッ!」
「父親かよアンタは…ったく」


はァ、と大きなため息をつく副長の姿に、だんだん申し訳なくなってくる。そして、どうやら私に付き合っている人がいたところでお見合い話が無くなる訳でもなさそうで、さらに焦りが募っていくのを感じて膝の上で拳をぎゅっと握った。そんな私の様子に気付いたのか、副長が煙草を灰皿の上でもみ消し、「」と私を呼んだ。


「とっつぁんには俺から上手いこと言って断っておく、悪かったな」
「ふ、副長〜〜〜!」
「トシ、そんなうまくいくかァ?あのとっつぁんだぞ?」
「まあ何とかなるだろ」
「うう…いつもマヨネーズ馬鹿って陰口叩いてすみません…」
「え、何それお前そんなこと陰で言ってたの?」
「話は聞かせてもらいやしたぜ」


スパーン!と勢いよく襖が開いて現れたのは沖田隊長。額にはいつものアイマスクが装着されており、その姿に一瞬で副長が殺気立つのが分かった。

「総悟、てめぇ仕事は」
「安心してくだせェ、ちゃんとサボってます」
「サボりにちゃんともクソもあるか!」


通常運転の沖田隊長は、怒り狂う副長を気にすることなくスタスタと歩いて私の隣に座った。そしてがしっと私の肩を抱く。いきなりのことで、しかも沖田隊長の端正なお顔がすぐ近くにあって、思わずドキドキしてしまう。沖田隊長は私の顔を見て、フンっと鼻で笑った後、局長・副長に対してこう話し出した。


「よく考えてみてくだせェ、こんなちんちくりんの申し子みたいなに彼氏なんていると思いやすかい」
「うむ…それもそうだな…」
「確かにな」
「なぜ誰も否定してくれないんでしょうか!?」
「こいつァ、毎日仕事が終わったら誰かと約束がある訳でもなくまっすぐ家に帰る…休みの前日だけはコンビニに立ち寄ってちょっとスイーツを買って帰る、そんな生活を繰り返し送ってるんでさァ」
「なぜ知ってるんでしょうか!?」


イラッとした私は、肩に置かれた沖田隊長の手を払い除けた。本人は楽しそうに、べぇと舌を出している。局長は腕を組んで何やらうんうん考え込んでいるし、副長も沖田隊長がサボっていることなんて忘れたかのように、新しい煙草に火をつけて一服している。

だんだん面倒くさくなってきた…いっそのことお見合いしてしまって、断られるように仕向けた方が早いのでは?とも思ったが、大嘘ついた挙句こんなに馬鹿にされたら、さすがに我慢ならない。


「…じゃ、じゃあ連れて来ますよ、私の恋人」


…というのが一時間前。そして、今。


「紹介します、私の恋人で婚約者の坂田銀時さんです」
「どうも、の恋人で婚約者の坂田銀時さんでーす」


若干ふざけている坂田さんにこっそり肘鉄を食らわせながら、三人の様子を伺う。局長は険しい顔、副長は嫌悪感丸出しな顔、そして沖田隊長はアイマスクを目に当ててすやすやと寝息を立てている。なんて奴だ。

連れて来ますと言ったものの、代役を頼めるような男友達はおらず、自然と顔見知りになった坂田さんに依頼をした。一応万事屋さんなので、きちんと報酬は払うつもりである。

わなわなと震えていた局長がばんっ!と膝を叩いた音に体がびくっとする。しかし坂田さんはいたって冷静だ。


「何それ?ゴリラのドラミングの一種?」
「万事屋…よりにもよって!我が真選組の女中に手を出すとは!言語道断!」
「いや、どっちかっつーと俺は手を出された方だから、ねっ?ちゃん?」
「え!?」


急な振りに驚いて坂田さんを見つめた。私の返答を待つ坂田さんはにやにや笑っており、先程の沖田隊長と同じ顔をしている。この人も楽しんでる…!私は坂田さんを軽く睨んだ後、さっと腕を組んでにこにこしながら局長と副長を見た。


「そうなんです〜私の一目惚れで、思い切って告白したらOKしてもらえて…」
「いや〜おたくのちゃんは昼も夜も随分と積極的よ?」
「坂田さーん?」
「なっ!なんて破廉恥な!」
「…近藤さん、落ち着けって」


ふう、と副長が吐き出した煙がゆらゆらと消えていく。副長は坂田さんをギロリと睨み付けた。そういえばこの二人、犬猿の仲だったな…と内心ヒヤヒヤする。


「万事屋ァ、てめーと結婚してちゃんと幸せにできんのか」


副長の核心を突く言葉に、坂田さんは耳をほじくりながらため息を零した。


「あったりめーだろ。言っとくがなァ、先に手を出してきたのはコイツだが先に目つけてたのは俺の方だからな。今すぐにでも幸せにしてやるわ」


つい先程までふざけていた坂田さんの予想外の言葉に、思わず心臓がどきりとする。嘘だとは分かっていても、今のは少し…というかだいぶときめいた。何も考えず腕を組んだはずなのに、がっしりとした坂田さんの腕から体温が伝わってきて、急に意識しだしてしまう。何だか恥ずかしくなり背中がムズムズした。

副長は、本日何度目か分からない舌打ちをすると「なら俺は何も言わねェ、不本意だがな」と言い、局長はなぜだかポロポロと大粒の涙を流していた。

あれ?なんかあっさりうまくいっちゃった?

隣に座る坂田さんをそっと見上げると、私を見て得意気な笑みを浮かべた。

----------

夕方になり、私は坂田さんを見送ると言って一緒に外に出た。心地よい風が吹いていて、緊張していた体から一気に力が抜けていく気がする。隣を歩く坂田さんがふわあ、と欠伸をする様子に微笑んだ。


「坂田さん、今日はありがとうございました。無事に誤魔化せたし、これでお見合いも回避できます」
「おー、…それにしても過保護すぎんだろ」


坂田さんがちらっと後ろを振り返ってそう言うので、私も視線を向けると真選組の入口に局長と副長が立ってこちらを見つめていた。その姿がまるで小さい子どもを見送る保護者のようで、思わず苦笑する。


「それにしても、ちょっとときめいちゃいましたよ」
「ん?いつ?」
「あの…先に目をつけたのは俺の方だとか、今すぐにでも幸せにしてやるとか」
「あー、あれな」
「ふふっ、嘘だと分かっててもドキドキしちゃうものなんですねえ」
「まあ、嘘じゃねーけど」


訪れた沈黙。


「えっ?」


坂田さんの言葉をもう一度聞き返そうとした時、ぐいっと袖を引っ張られ顔が近付いてきたかと思ったら、唇の端に坂田さんの唇がくっついた。あとほんの数ミリずれていたら、唇同士が重なっていたと思う。だいぶ離れた場所にいるはずなのに、局長の悲鳴に近い叫び声が聞こえた。

私は驚いてしばらく固まっていたが、至近距離にあってなかなか離れない坂田さんの顔、そして触れた唇の温かさと柔らかさを数秒遅れて実感し、どんどん熱くなる頬を手で押さえて口を金魚のようにパクパクさせる。


「なっ、さかっ、」
「なんなら芝居じゃなくて、ホントのことにしちゃってもいーけど?俺は」


ホントに付き合って結婚しちゃっても。そう言って、袖を掴んでいた坂田さんの手が私の手首を優しく掴む。逃げられそうにない。いや、そもそも私の体は逃げようともしていない。

予想していなかったこと、そして予想していなかった自分の気持ちに戸惑いながら、私は目の前の坂田さんから目を逸らせなくなった。坂田さんって、こんな真剣な顔する人だったっけ?いつもヘラヘラしていて、どこか違う世界にいるような雰囲気を醸し出している坂田さんは、みんなの坂田さんで…。


「…冗談、じゃないですよね」
「冗談でこんなことするようなヤツに見えるか?」
「見える…」
「オイ」
「いたっ」


おでこを軽く指で弾かれ、痛くもないのについ痛いと言ってしまう。先程の真剣な表情はどこへやら、坂田さんはいつもの笑顔を私に向けて、「」と優しく私の名前を呼んだ。心臓がどくんと跳ねる。


「言っとくが、俺はただの嘘で終わらせるつもりはねェからな」


覚悟してろよ、と言う坂田さんに、私は思わず笑ってしまった。なんて人に代役を頼んでしまったんだろう。そう思ったが、全く後悔していない自分がいる。私は手首を掴む坂田さんの手をとって握り返した。


「覚悟、しておきます」






(すごい勢いで走ってきた局長に、二人揃って「外でそういうことやっちゃダメでしょーが!めっ!」とガミガミ怒られたのでした)