「さむっ」
「オイ、俺を風よけにすんな」


夜、23時を過ぎた頃。飲み屋から出たと同時に正面から吹き付けてきた冷たい風に、思わず銀時の背中に隠れる。が、酔っているからかわざとなのか、銀時がフラフラと動くので全く風を避けきれず、仕方なく私は銀時の隣に並んだ。

お酒ですっかりぽかぽかになっていた体が、あっという間に芯から冷えていきそうだ。胸の前で腕を組み背中を丸めて、マフラーに口元を埋めて歩く。天気予報によると夜中から天気が崩れるようだし、もしかしたら雪になるかもしれない。


「さっっっぶ」
「寒い寒い言うんじゃねェ、余計さみーだろ」
「だって寒いものは寒いんだもん」


あまりの寒さに自然とお互い体を寄せ合って歩く。それでも色っぽい雰囲気にならないのは、長年飲み仲間として関係を築いてきたからだろう。すぐ隣を歩く銀時をこっそり盗み見ると、相変わらず何を考えているか分からない顔で白い息を吐き出していた。


「今年ももう終わりだなァ」


銀時がぽつりとそう呟く。

今日は12月26日。クリスマスの翌日だ。毎年、クリスマスが終わって年末へと向かうこの短い期間…華やかなイベントが終わり、あとは静かに年越しを迎えようという雰囲気が私は好きだった。そうだねえ、と相槌を打ちながら、今年はどんな一年だったかなと思い巡らす。

毎年年始に、今年こそは宝くじを当てる!と意気込むのだが、その目標は今年も打ち砕かれそうだ。


「まだ年末ジャンボが残ってるか…」
「何の話?」
「いや…銀時はさ、今年の目標とか立ててた?」


見上げてそう聞くと、前を向いていた銀時が急にぱっとこちらを見下ろしてきたので驚いた。先程一緒に飲んでいた時とは打って変わった真剣な目付きに、思わずどきりとする。

ん?なんでどきりとしたんだ?


「まあ、立てたけどよ」
「あ、ああそう、あれでしょ?何とかアナとデートするとか、そういうのでしょ?」


へらへら笑いながらそう言ってみたものの、いつものようにのってこない銀時に違和感を覚える。結構酔っ払ってるのかな?私が口を開く前に、銀時が私の名を呼んだ。


を」
「ん?私?」
「…今年中にを落とす、って目標立てたわ」
「…なに、どこに?溝に?」


落とすって何だ?と疑問を抱いていたら、銀時が横からぐいぐいと自分の体で私の体を押してきた。ちょっと押さないでよ!と抵抗するものの、力適わずあれよあれよという間に近くにあった建物の壁に押し付けられる。急なことで頭がついていかないが、とりあえず周りに人がいなくて良かった、と思う。


「ちょ、何してんの」
お前なァ、溝に?じゃねーよバカ」
「いや、だって落とすって意味分かんないし」
「普通に考えりゃ分かるだろ、落とすってのはアレだよ、俺に惚れさせるって意味だよ」
「何のために、」
「愚問だなァ」


にやりと笑った銀時が両手でぎゅっと私の頬を包む。だんだん自分の置かれている状況や銀時の言いたいことが分かってきて、さっきまで冷えていた体がまた熱を帯びていくのを感じた。顔はすでに火照ってしまっていて、恥ずかしさでいっぱいの私は銀時の両手を離そうと掴む。しかし、びくともしない。銀時の顔がずいっと近づいてきて、身構えた。


「あーもー、可愛い、ちゅーしていい?」
「だっ!だめに決まってんでしょ!」
「何でだよ、まだ落ちてねェの?」
「落ちてない!」
「あ、そ」


意外にもあっさりと銀時の手が離れて、頬にひんやりとした空気が触れた。こんな簡単に解放されるとは思っていなかったため、少々拍子抜けする。ぽかーんとしている私を他所に、銀時は帰るぞーと言ってふらふらと歩き出した。うまく展開に追い付けないが、とりあえず再び銀時の隣に並ぶ。

心臓がどきどきとうるさい。止まれ。いや嘘、止まらないで。


「じ、冗談は心臓に悪いからやめて…よね」
「冗談じゃねェし、結野アナの占いで押してダメなら引いてみろって言ってたから、押して引いてみた」
「押してから引くまでのスピードが速すぎてもう何が何やら…」
「じゃあまた押してやろーか?おらおら」
「押すってそっち!?」


再度肩で私の体を押してくる銀時は、全力で押し返そうとする私の頬を軽くつねると、はは、と短く笑った。その優しい笑顔に何か込み上げてくるものがあり、思わず顔を逸らすが、銀時がしつこく顔を覗き込んでくるので睨みつける。


「おーこわ」
「なによ」
「…どうやら俺の今年の目標は達成できそーだわ」


にやにやしている銀時を見て、悔しいけれど何も言い返せない。色っぽい雰囲気にならないと思っていたのは、私だけだったようだ。

銀時が私の右手を握って歩き始めた。今度は抵抗せずそのまま大人しくしている私に、銀時は満面の笑みを向ける。


「あれだな、当たるといいなァ、宝くじ」
「うるさい」


ちらちらと雪が降り始める中、私は彼の温かい手を強く握り返した。