本命の殿方とデートすることになったのだが、全く経験がないため、練習として私とデートしていただきたいのです。

そう言うと、目の前に座る万事屋の社長・坂田さんと、従業員・志村さんは互いに顔を見合わせた後、お茶を啜る私を奇妙なものでも見るかのような目で見つめてきた。


「えーと、お嬢さん」
と申します」
サン」


それが、依頼?坂田さんの問いかけにこくり、と頷く。


「こちらの万事屋さんでは、どんな依頼も受けていただけると聞いたので…」
「や、でもよォ…デートっつーのはさ、練習して臨むもんでもねーと思うけどなァ…な?ぱっつぁん」
「ぼ、僕に聞かないでくださいよ」


うんうん悩んでいる坂田さんと、なぜか照れて頬を染めている志村さん。私は鞄からお金の入った封筒を取り出し、テーブルの上に置く。ご協力いただけないでしょうか?との私の問いかけに、『依頼料』と書かれた封筒を見つめる坂田さんと志村さんの喉がゴクリとなった。


「なんかわりーな、相手が俺で」


最近かぶき町に出来た話題の甘味屋で、私と向かい合って座る坂田さんが少し申し訳なさそうに呟いた。季節のフルーツパフェを目の前に、首を傾げる。


「歳の近い新八の方が良いような気もすっけど、アイツこういうのてんでダメだから」
「…年齢は気にしてませんので大丈夫です」
「あ、うま」


チョコレートパフェを一口食べて目を輝かせたかと思ったら、すごいスピードでぱくぱく平らげていく坂田さんをじっと眺める。

……格好良すぎでは…?

頬が緩みそうになるのを隠すように、私もパフェを口に運んだ。ホイップクリームが口の中で溶けていく。

『本命の殿方とデートすることになったのだが、全く経験がないため、練習として私とデートしていただきたいのです』

全くの嘘だった。いや、悲しいことにデートの経験がない、というのは本当なので全てが嘘ではないが。

一目惚れ、というやつだ。何度か坂田さんを街で見かけたことがあって、最初の頃は銀髪が珍しくて何となく目で追う程度だった。そして気がついたら目で追うだけでなく姿を探すようになり、見つけたらどきどきして心から嬉しくなったし、食事中も入浴中も寝る前も、坂田さんのことを考えるようになっていった。かぶき町で有名人だった坂田さん。彼が万事屋を営んでいるという情報はすぐ手に入れることができた。

人見知りで引っ込み思案の私に、真っ向からデートを申し込む勇気があるはずもない。依頼という形にはなってしまったが、ずっと遠くから見ているだけだった坂田さんがすぐ目の前にいて、今、すごく満たされている。きっと今日のことは一生忘れられない良い思い出になるだろう。

一人幸せな気持ちに浸っていると、口端にチョコレートをつけた坂田さんが口を開いた。


「てか本命の殿方って、何?の片思い?」


不意に名前を呼び捨てにされたことに心の中で悲鳴をあげながら、黙って頷く。坂田さんはスプーンを宙でくるくる動かしながら、デートってのは、と喋り出す。


「女の子が楽しそうにしてりゃ、それだけで男は楽しいもんだぜ」
「そんなものでしょうか」
「そんで別れ際に、今日は楽しかったですって言ってギュッと手でも握っときゃいーんだよ」


手を握る…!想像しながらこっそり照れている間に、坂田さんはパフェを食べ終えて追加のメニューを選び出していた。

甘味屋を出た後、坂田さんの提案で近くにあったゲームセンターへ入った。普段あまり遊ぶ機会のない場所なので、クレーンゲームやメダルゲームなどまじまじと眺める。たくさんのゲームの効果音や音楽、いろんな人の喋り声で賑やかな店内を歩く。

二人でクレーンゲームに挑戦したものの何一つ取れず、試しにと撮ってみたプリクラでは、目が1.5倍ほど大きくキラキラになった私と坂田さんが写っていて、思わず笑った。そんな私を見て、坂田さんもニヤリと笑う。


「笑ったらかわいーじゃん」
「そ、そんなことはないです」
「依頼に来た時から全然笑わねーからさ、心配してたんだけど。今の顔見せられたら、きっと相手もイチコロだって」


そう言うと坂田さんは私の頭をぽんぽんと優しく叩いて、一歩前を歩き始めた。

あ、やばい。

私はプリクラを握りしめて前を歩く坂田さんの背中を見つめる。ついさっきまで、坂田さんが目の前にいるだけですごく満たされていたはずなのに。自分の心の中で欲がふつふつと湧き上がってくるのを感じる。立ち止まっている私に気付いた坂田さんが振り返ったので、慌てて歩き出した。

外に出ると空が橙色に色付いていて、一羽のカラスが飛んで小さくなっていくのが見えた。もうそろそろ終了の時間だ。私は斜め前を歩く坂田さんを呼び止めて、後ろから彼の手を握った。


「今日は楽しかったです、すごく」


緊張しながら、口早にそう告げる。一瞬面食らったような表情を見せた坂田さんだったが、すぐに納得したようで、うんうんと頷いた。


「完璧完璧」


初めて触れた手から坂田さんの体温が伝わってきて、胸がぎゅっと締め付けられる。いつまでも離そうとしない私に、坂田さんは頭の上に疑問符を浮かべながら、


「そういや聞いてなかったけどよ、本番のデートっていつなわけ?」


と尋ねた。その瞬間、自分の中の欲が溢れ出てしまったように感じた。私は坂田さんの手を離すどころか、さらに強く握りしめた。


「…今日です」
「は?」
「今日、本命の殿方とデートできました」


言ってしまった。坂田さんはぽかんと口を開けていたが、しばらくして私の言葉の意味をよくやく理解したのか、大きな声をあげた。


「はァ!?」
「すみません…」
「いや、謝られることじゃ、ってちょっと待て、えーとつまりは、俺のこと」
「依頼と称して、坂田さんとデート出来ればそれで良かったはずなんですが…人間って欲張りですね、私の気持ちを知っていただきたくなりました」


手を離してもう一度すみません、と頭を下げると、間を置いて坂田さんのため息が聞こえてきたので、心臓がどくんと跳ねた。きっと呆れられた。こんなことなら、黙っておいた方が良かったかも。少し後悔しつつ恐る恐る顔を上げると、坂田さんは胸元から私が渡した依頼料の入った封筒を取り出した。そしてそれを私の目の前に差し出す。


「返すわ」
「そんな訳には…」
「ばーか、好きなやつと金払ってデートなんざ、虚しいだけだろーが」


ぺしっと封筒で頭を叩かれる。渋々と受け取ると、坂田さんは眉間に皺を寄せながら、私のおでこを指でつんつんとつついてきた。


「ったく、涼しい顔して面倒なことしやがって…普通に誘えばいーだろ」
「そ、そんな勇気ないですよ」
「いやいや、依頼に来るのも変わんねェだろ」
「それはそうですけど…」
「…嘘ついた罰として、甘味屋で食べ損ねた苺と生クリームのパンケーキ、今度奢ってもらうからな」


え?と聞き返すと同時に坂田さんが歩き出してしまったので慌てて呼びかけるが、坂田さんは止まらない。頭の中で坂田さんの言葉を繰り返す。今度、今度って言った?


「…勝算、ありますか!」


着物を強く握りしめてそう言うと、坂田さんはようやく立ち止まってくるりとこちらを振り返った。逆光でどんな表情をしているか分からない。


「…さあなァ、意外とあるんじゃねーの?」


今までで一番優しい声だったと思う。最初に惹かれた銀髪がいつもより輝いて見える。

明日から、直球勝負でいこう。私は心の中で静かにそう誓うと、笑顔で坂田さんの元へ走り寄った。